授業中ずっと、一護は悪い目つきを更に鋭くさせながら、苛々した思いで睨みつけている。

一護の視線は、休みなく働く秒針を捕らえており、やっと待ちかねた時間を指し示す時が来ると、心の中でカウントを始めた。

5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・!!!




キーンコーン  カーンコーン・・・






『 人生は上々だ 』  前編





同時になった授業終了の合図に、一護は目の前に広げたノートや教科書を掻き集め、すぐさま鞄に押し込めると、
まだ講義を続ける教授を無視して静かに席を立ち、後ろの扉に駆け寄り足早に出て行ってしまう。

その様子を見送っていた同級生の一人は、帰り支度をしながら隣りの友人へ声をかける。

「黒崎くんて、今日みたいに時々すっごく急いで帰るよね?・・・なんでだろう?」

「さぁ?バイトとかじゃないの?」

「バイトはしてないって、聞いたことあるけど。」

「明日休みだし、実家にでも帰るとか。」

「黒崎くんって空座町でしょ?まだ時間は早いし、電車もバスもいっぱい出てるのに?」

「そんなの知らないよ!そんなに気になるなら、石田くんにでも聞いてみたら?」

一護に関心の深い彼女の追撃に、友人は話の矛先を、
一護の高校時代からの友人である雨竜へ向け、この提案に彼女も素直に頷いた。

「そうだね。・・・あ!ねぇ石田くん!ちょっといい?」

「・・・なんだい?」

「石田君て、高校から黒崎君と一緒だよね?なんで、黒崎くんて時々すごく慌てて帰ったりするのかなぁ?」

「あぁ・・・たぶん、彼女が来てるからじゃないのかな。」

「え?・・・・黒崎くんて・・・彼女、いるの?」

「いるよ。高校時代からの付き合いで・・・お互い、すごく信頼し合ってる。」

「・・・そう・・・なんだ。全然知らなかった・・・・」

「だからこそ、僕達は勝つことが出来た。」

「・・・え?なに?」

「彼らが心から信じあっていたから、今の平和があるんだよ。」

「・・・・?」

不思議そうに首を傾げた彼女をそのままに、雨竜は背を向け教室を去っていった。

 

 

 

 

 

 

一護は愛用の自転車を、思い切り早く飛ばす。

一秒でも早く帰りつきたくて、普段は通らない細い近道まで通り、
出来るだけ早く、一秒でも早く我が家を目指してペダルを踏んだ。

そのかいあって、今日は自己新を記録する勢いで一護は自分のアパートの前に辿りつく。

アパートの階段前で一護は自転車を降りると、まずは弾む息を整えた。
間違っても急いで帰ってきたことを、悟られてはならないからだ。

そして呼吸がいくらか楽になったあたりで、何度か深呼吸を繰り返し、額に滲んだ汗を腕でぐいと拭った。

「・・・・・よし!」

心臓はまだばくばくとなっていたが、このぶんならバレはしない。
一護は意気揚々と小さめの自転車を肩に担ぐと、普段どおりを装ってゆっくりと階段を昇り、自分の部屋の前に立つ。

すると換気扇がまわっており、そこからカレーの匂いがしているのに気がついた。
それの匂いに一護の顔は嬉しげに緩むが、それは一瞬であり、すぐさま我に返ると、
顔を振っていつもの無愛想な顔を意識して作り張り付ける。

そうして準備が整うと、いつも通り少しだけ緊張して部屋のノブを回した。

ガチャ

「・・・っだいまー」

「おぉっ!早かったな!一護。」

すぐに台所からルキアが飛び出してきた。

ルキアはピンクのワンピースにいつものウサギ柄のエプロンを身に着け、嬉しそうに微笑みながら一護を出迎える。
まるで新婚さんのような愛らしさなのだが、しかし一護はあまりルキアの方を直視せず、
気がないように自転車を玄関の脇に立てかけた。

「おぉ・・・。なんだよ。もう来てたのか?」

「なんだその言い草は!人が折角ご馳走を作って待っておったというのに!!」

「ご馳走って、カレーだろ?」

「カレーはご馳走ではないのか?」

「毎回毎回、カレーじゃねぇか。」



一護の憎まれ口に、ルキアの笑顔はみるみる変化し、今はもうすっかりむくれ顔でいつもの調子で怒鳴りつけた。

「会った瞬間から、文句ばかりだな!もうよい!それならば貴様は絶対に食べるな!!」

「・・・喰わねぇとは・・言ってねぇ。」

「なんなのだ!一体!はっきり申せ!!」

「・・・すみません。カレーが、喰いたいです。」

「はじめからそう言えばよいものを・・・このたわけが!」

「・・・・・」

大声で怒鳴りつけると、ルキアは身を翻し台所へと戻っていった。


一ヶ月ぶりに交わす、挨拶代わりに口喧嘩。

これさえも嬉しくて、一護はすごすごとリビングへ退散しながら、秘かに口元を緩ませた。
そして盗み見るようにひっそりと台所へ目を移すと、そこにはカレーをよそうルキアの後姿が当たり前のようにそこにあり、
胸が詰まるような幸せに溺れそうになり、一護は慌てて目を逸らした。

この光景が見たくて見たくて、大切な授業も上の空でじりじり過ごし、
一護は自転車を飛ばして、一秒でも早く帰りつきたかったのだ。

でも、そんな事は言えるわけもなく、大学生になっても尚、一護の口は相変わらずつまらぬ戯言を言ってしまう。
それでも、そんな子供のような口喧嘩さえも、できることが嬉しくて。
そう、ルキアと一緒ならなんでも嬉しくて仕様がない。

リビングのテーブルいつもの定位置に一護は座り、
ぼんやりテレビを観ながら大人しくルキアを待つと、間もなく大皿を抱えたルキアが現れた。

「ほら一護!大盛りだぞ!!」

「・・・すっげぇ盛りなんすけど。」

「どうせおかわりするのであろう?ならばこうした方が効率が良い。」

「怠慢してんなー」

「合理的なのだ。」

言い合いながらも食卓の準備は進み、二人は席につき手を合わせ、同時に声を出す。

「「いただきます。」」

「・・・どうだ?一護。」

「うまいよ。」

「そうか!・・・ならば、良かった。」

「うまいよ。お前のカレー。」

「そうだな。今回はなかなかうまく出来たようだ。
・・・だが毎回カレーばかりでは確かに、飽きるであろうな。次は、別のものにでも挑戦するか。」



そう言うルキアの顔は見ず、一護はもごもご口を動かしながら呟くように言った。

「・・・次も、カレーにしてくれよ。」

「またカレーに?いいのか?」

「お前のカレー。時々すっげー喰いたくなるんだ。だから、カレーにしてくれ。」



無愛想ながら心のこもった一護の言葉に、ルキアはほんのりと頬を染め、慌てて俯いた。

「そ・・・そうか。うむ。し、仕方がないな。・・・では次も、カレーにしてやろう。」

「頼んだぞ。またうまく作ってくれよ。」

「うむ!まかせておけ!」

満面の笑みでルキアは頷き、それから会えなかった一ヶ月の出来事を話し合う。



こんな風に一護の元へルキアが通うようになったのは、一護が大学生になって間もなくの頃からだ。
今一護は大学二年生であり、二人の関係もめでたく5年目を迎えようとしていた。

大学進学のあたりから、死神で手に余るような虚の出現もなくなり、
一護は死神代行を解任され、後は医者になるべく勉強に専念していた。
そして現世派遣の任を解かれたルキアは、休みのたびに一護の元を訪れ、
時々はこのようにカレーを作って一護の帰りを待っていたりする。

今回は特別任務とやらで遠征していたらしく、ルキアに会うのは一ヶ月ぶりだった。
なので一護は普段以上に待ちきれぬ思いで、ルキアの元へ駆けつけたが、
表面上は冷静を装ってしまう所は、相変わらず素直になりきれない部分である。

一護はかなりの盛りであるにも関わらず、おかわりをしてルキアのカレーを存分に堪能した。
やがて食事が終わると、ルキアは食器を片付け洗いものを始めた。
カチャカチャとなる食器の音に、流れる水音を聞きながら、
今自分がひどく幸せであると心から思うことが出来る。

本当は、ルキアと二人だけで部屋でのんびりするのが好きな一護だが、
戦いに明け暮れ、自分に食事を作ってくれるルキアの為、なにかしてあげたいとの思いに、
一護はルキアの小さな背中に向かって声をかけた。

「なぁルキア。」

「・・・うん?なんだ?」

「ちょっと、出かけるか?」

「出かける?どこに?」

「どこでもいいよ。お前もこっち久しぶりだし、どっか行きてぇだろ?」

「そんなことは・・・」

「まだ時間早ぇし、腹ごなしに少し街でも歩こうぜ。
デザートに甘いもんでも、喰わせてやるよ。」

一ヶ月前一護の元へ訪れたときのルキアは、レポートに追われた一護の傍で半日部屋でごろごろしているだけだった。
尺魂界にはない煌めく街並みを久しぶりに歩きたい思いが唐突に膨れあがり、ルキアは瞳を輝かせて頷く。

「そうか。・・・うむ!そうだな!」

「よし!んじゃ行こうぜ。」

一護の呼び声に、ルキアは嬉しげに駆け寄った。
そんなルキアの様子に、一護は今度こそ頬が緩むのを抑えきれなくなっている。




お前が俺の隣にいてくれるなら、部屋でも街でも戦場だって構いはしない。


お前が笑ってくれるなら、それだけで、俺は本当に幸せなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 約二ヶ月弱ぶりのイチルキです。
 久しぶり過ぎでリハビリでもないですが、今回のテーマは特にの事件性もない、成長したのかしてないのかわからないけど、ラブな二人って感じです。
 アンケでもわかるように、やはりイチルキ人気の高さに押され、長い間眠っていた私の中のイチルキ魂がやっと起きてくれました☆
 これは冗談ではなく、皆様の声援に支えられてのことなのです!拍手、コメント心より御礼申し上げます。
 そして私のイチルキを待っていて下さった方。本当にありがとうございました!
 さて、今回のテーマは随分前にノラさんからリクエスト頂いた「大学生一護とルキア」です。
 私の中で一護は医者目指して大学入りますが、医学生の生態って・・・謎ですよね?
 勉強が忙しくデートする暇もないんじゃないかなぁと思いつつ、でも、デートくらいするよね?と想像して書きましたw
 勉強に専念する為、一護は死神代行をとりあえずやめて、それに伴いルキアは尺魂界へ帰ります。
 一護が一人前になるまで、現世と尺魂界の遠距離恋愛。
 休みの度にルキアが一護の元を訪れ、こうしてご飯を作ってあげながら、二人は地道に思いを重ねていくのですよ・・・!!(妄想爆発)
 で、もうひとつのテーマが「ルキアに愛される一護」なのですが、今回は一護の溢れるばかりの愛を前面に出してしまった
 ・・・最初の構想と違うぞ。なぜこんなことに?おかしいなぁ??とは思いながらも、二人がラブラブしてるからよしとしよう!と私は思いますw
 何の事件も起きませんが、後編に続きます。ただの恋愛思春期真っ只中の二人を、後編まで見守ってくださいませ〜☆

 2009.4.4

next>

ichigo top

material by Sweety

inserted by FC2 system