冬の深夜。
外の空気はキンと冷え、その冷気にあてられた一護は、
まいていたマフラーに顔を埋め不機嫌に呻いた。


「寒みぃ・・・」

しかしその小さな呟きに、一護の少し前を歩く小さな人影が振り向き、大きな声で一喝した。

「なんだ一護情けない。これしきの寒さで、なにを泣き言をいっておる!」





『 神様お願い 』





一護とは反対に、やけに意気揚々とした様子のルキアは、
夜目にも大きな瞳をキラキラと輝かせ、一護の側へと駆け寄った。
しかし一護は眉間の皺をますます深め、少しだけ肩をすくませる。


「んなこと言っても、寒みぃもんは寒みぃんだよ。・・・だから、初詣なんて明日皆で行けば良かったんだ。」

「何を言う!おじさまも言っていたではないか!初詣は鐘の音を聞きながらが一番であると!!」

「別に初詣くらい、珍しくもなんともないだろう?あっちでしてないのか?」

「・・・いや、初詣には行くのだが、どうも貴族は初詣も少々趣が違っておってな。
なかなか面倒な行事になってしまうから、こんな気軽に行けること自体が久しぶりで嬉しいのだ!」



もうすぐこの街にも、除夜の鐘が響きわたるであろう時間帯。
一護とルキアは二人連れ立って、新年の初詣をするべく誰もいない夜道神社へと向かっていた。

幼い妹達は絶対に鐘を聞きながらお参りをすると息巻いておりながら、
今年も睡魔に勝てずリビングのソファに仲良く並んで眠っていた。

そんな二人を一心と共に部屋へと収め、リビングへ戻ると一心は言った。

「折角だから、二人で初詣に行ってきたらどうだ?」
「あぁ?いいよわざわざ。面倒くせぇ。どうせ明日皆で行くんだろう?」

明らかに気乗りしてない一護に対し、一心はいつものオーバーアクションで驚愕に満ちた表情を作る。

「何を言う?!一護!!初詣は、除夜の鐘を聞きながらするのが一番だと思わないか?」
「思わねぇよ。」
「まったく風情を知らん奴だな!
普段は全然神様の存在など関係なく過ごしていても、一年最初の時だけでも皆こぞって神社へと行く。
・・・どうだいルキアちゃん?新しい年を神様に手を合わせて迎える。
これこそ日本に生まれた喜びのひとつだと思わないかい?!」


一心に話をふられ、ルキアは何か夢見るような表情で、嬉しげに頬を蒸気させていた。
「そうですわ!おじさま!わたくし、こちらで初詣に行ったことがありませんの。」
「えぇ?!それはいけないよ!ルキアちゃん!!日本に住んでいる喜びの、大半を知らずにいるようなものだ!
・・・話は聞いたな一護?!とっととルキアちゃんを、『除夜の鐘を聞きながら初詣』にお連れしなさい!!!」

「な?!お、おい・・・!だから!俺は行かねぇって・・・!!」
「急がないと、鐘が鳴ってしまうぞ!ほら!早くこれを着て行け!」
「む?!時間がないのか?よし!急ぐぞ一護!!」

それから一護はダウンを投げつけられた上に追い立てられるように家から出され、
こうしてルキアと二人夜道を歩くはめになってしまった。


一護は寒さに身体を硬くしながら、まだぶつぶつと文句を言った。
「あのヒゲ。余計なこと言いやがって。」
「・・・まだ文句を言っておるのか?いい加減観念して、神社へ急ぐぞ!!」
そう言うとルキアは一護の腕をとり、引っ張って走り出した。
「お、おい!まだ時間あんだから、そんな引っ張んなって・・・!」


一護は変わらず文句を言いながらも、腕を掴み走りだすルキアの嬉しげな様子に、
まぁでも、こんなにこいつが喜ぶなら仕方がねぇーか。

などと心の中だけで呟いた。

 

 

 

 

 

ほどなく神社についたルキアは、見渡す限りの人混みに驚きに目を丸くした。

「・・・こんな深夜にも関わらず、ずいぶん人が多いのだな。」
「そうか?別にこんなもんだろ。・・・な?俺が嫌がる理由も、わかってくれたか?」
「そ、そうだな。これは少々・・・大変そうだ。」

尺魂界とは少々勝手が違う初詣にとまどいながらも、ルキアは大人しく列の最後につき、その横に一護がついた。
すると間もなく、最初の除夜の鐘が辺りに響きだす。
「おっ?始まったな。」
「おぉ!これが現世で噂の、除夜の鐘なのか?!」

鐘が鳴り始めると人は益々集まり始め、一護の後ろにもどんどん集まり、すぐに前も後ろも人の頭でいっぱいになっていく。

「・・・・?おい、ルキア?!」
一護はルキアの小さな頭部が周囲に見当たらないことを感じ、焦って大声で呼びかけた。

すると右斜め前から、ざわめきを割って情けない声があがる。
「・・・い・・・一護〜!・・・こ・・・ここだ・・・!!」
「?!おまっ・・・!なんでそんな所、いんだよ?!!」

一護はぎょっとして声の方へ、人ごみを掻き分けすぐに駆けつけると、
人混みのもみくちゃになったルキアが情けない顔をして一護を見上げる。

「す、すまん。流れに押されてしまったようだ。・・・しかしこれは・・・すごいものだな。」
いきなりはぐれてしまった失態に、ルキアは申し訳なさげに俯いた。

この小ささに、馴れぬ人混みの中。
一護は困ったように溜息を吐き出し、もうひとつくらい文句を言おうか逡巡したが、
しかしすぐに思いなおし、代わりに無言でルキアの手を握った。


突然のことにルキアは驚いた顔で一護を見上げ、一護はその視線から顔を逸らし、
寒さのせいでなく耳まで赤く染め、やけにぶっきらぼうに言い捨てる。


「・・・こうしてないと、またすぐはぐれんぞ。」

「おっ?!・・・おぉ・・そっ・・・そう・・だな。」


これだけ多くの人間の前で一護と手を繋ぐ気恥ずかしさに、ルキアも顔を赤らめ、落ち着きなく視線を彷徨わせる。
しかしぼんやりする暇もなく、二人は周囲の人に押され、一護はルキアを護るため自分の前に引き納めた。
これで少なくとも、後ろからルキアの身体に他人に密着されることはない。

一護はまるで満員電車のような混雑振りに辟易しながらも、ぴったりと密接したルキアの温もりを感じ、内心そわそわと落ち着かない。

ルキアはルキアで、身を挺して自分を守ってくれる一護に感動を覚え、どきどきと高鳴る胸を抱え、小さな声で呟いた。
「無理を言って連れてきてもらったのに、すぐにはぐれるなど不覚であった。
・・・め、迷惑をかけてしまい、本当にすまなかった。」

「まぁ、お前みたいにチビじゃしょうがねぇよ。・・・それより、ずいぶん素直で、逆に気持ち悪りぃな。」
「な?!なんだと!!!せ、せっかく神妙な気持ちで謝ってやったというのに、貴様という奴は・・・!」
「結局怒ってんじゃねーか。・・・ほら、少し進んだろ?歩けよ。」
「あ・・・・う、うむ。」

ルキアは照れ隠しになんとか不機嫌な顔を作ろうとするが、一護と繋いでいる手の感触の暖かさに、
知らず頬が緩むのを懸命に抑えようとし、一護の方は目の前のルキアの髪から香る爽やかな甘さに、
湧き上がる妙な気持ちに胸が疼き落ち着かない。

繋いだ手から互いの想いが流れ込み、激しく脈打ちはじめていくようだ。


それでもこの手は放せない。
どうしても放したくはない。

煩悩を払うはずの除夜の鐘。

例え108回以上つかれても、今湧き出る煩悩をとても払ってくれそうにないと、二人は同じことを思っていた。



やがて牛歩の列もなんとか進み、二人は社の前に立つ。
さすがにこの時は手を放し、二人は小銭を賽銭箱に投げ入れ、
頭上高くに吊るされている鐘を鳴らすべく目の前に垂れ下がっている綱を振った。

パンパン

一護は二度手を打つと、そのまま手を合わせ目を閉じて無言になり、その様子を真似ルキアも同じように目を閉じ祈りを捧げた。
すぐに顔をあげた一護はルキアの祈りが終わるのを待ち、ルキアを伴いすぐに脇へと避ける。

やっと人混みからの解放と手を繋いでいた緊張感に、一護は思い切りのびをしながら歩き、ルキアは深く溜息をつく。


「あぁ〜・・・!やっぱ人混みん中は疲れるなー。」
「うむ。少々くたびれてしまったが、良いお参りができた。・・・ところで、鐘はいくつなったのだろう?」
「あ?数えてねぇからなぁ・・・。でも、そろそろ終わりじゃねぇの?」
「そうだな。もう今年も終わりだな。
・・・どうだ一護。お前にとって、今年は良い年であったか?」

「良い年かって?・・・そうだな。とにかく、色々あったな。
・・・死神に会って、自分が死神になって、戦ってばっかだったけど、
世界を救ったんだし、まぁいい年だったんじゃねぇの?」

「そうか。・・・確かに色々あったが、私も良い年だったと思っている。
それは単純に世界を救えたからだけではない。私個人でも、良い年だと言えるよ。」



一護は母親への、ルキアは海燕の死への罪の意識の払拭。
そして新しく出会えた、多くのかけがえのない仲間達。それらと共に力を合わせ救った世界。
しかしそれら全てを合わせても足りない程の幸せ。

それは今自分のすぐ隣を歩いている者との出会い。

・・・そんなこと、絶対言ったりしないけど。
一護は頭をかきながら話題を変えた。



「・・・あー、そうだ。俺らだけで最初に初詣行ったって言ったら、
絶対怒るだろうし、あいつらになんか土産でも買っていくか。」

「そうだな。それが、よかろう。」
二人は、多く連なる屋台を目指し歩き出した。

 

神社からの帰り道。
暗い夜道は二人以外に人影はなく、静かな寒さだけが満たされる。
しばらく二人は無言で歩き続けていたが、ふいになにかを思いついたルキアは、一護を見上げて問うた。

「そう言えばお前は、来年を思い何を祈った?」
このルキアの問いかけに、一護は一瞬ビクッと反応したものの、
すぐ思い切り不自然に顔を背け、やけに不機嫌そうな声でぼそぼそと呟いた。


「・・・俺のは、毎年変わんねーよ。」
「だから、それがなんだと聞いている。」
「・・・別に。普通の事だろ?」

のらりくらりと言い訳し、返答をしぶる一護の様子にルキアはすぐに痺れを切らす。
「何を勿体つけておる?!貴様は何が普通なのだ?!言ってみよ!」
「だから!別に普通なんだって!」
「ええい!その普通がわからんから言えと言っておるのに!!」

一護は自分に縋りつくルキアを押し戻そうとしながら、早足になっていくが、
ルキアも負けずに一護のダウンを握って離れない。


「〜〜〜い、祈りごとは、言うと効果がなくなるんだ!」
「そんなことはない!言霊と言って、言葉にした方が、その願いは叶いやすくなるものだ!!」
本当はどうでもいいような事でありながら、絶対に言いたくないといった態度の一護が気にくわず、
ルキアはどうしても白状させようと苦し紛れの言い分に、一護は反応しぴたりと足を止めた。



「・・・本当に、言った方が叶うんだな?・・・絶対に。」


先程と違う一護の声音の低さにルキアは少々困惑しながら、
それでも言ってしまったことを引っ込めることもできずに、ややおどおどしながらも仕方なく肯定する。



「う、うむ。そのはずだ。・・・ま、まぁでも叶うも八卦叶わないも八卦と言うから、そんな絶対とは・・・」

「家内安全。健康第一。・・・それから」


一護は言葉を切ると、突然ルキアの手を握った。


「・・・来年も、お前と一緒に、初詣に来れますように。」

「・・・え?」


一護に言われた言葉の意味が瞬時に理解出来ないルキアは、呆然と一護を見つめる。
一護は視線を逸らし、ルキアの手を繋いだまま歩き出す。



「言ったぞ。・・・言ったからには、神様なんかより、お前に絶対叶えてもらうからな。」
「え?え?・・・・あ!・・・い、いや・・・でも・・・!!」
「・・・あんま騒ぐな。・・・こっちの方が、恥ずかしいんだからな。」
「あ?!・・・あぁ・・・そ、そう・・・だな・・・」
「あんま遅いとあのヒゲでも心配するだろうし、早く帰るぞ。」
「う、うむ。」

今が夜で良かった。
一護もルキアも顔を赤くしながら、手を繋ぎ無言で歩き続ける。
それからしばらくし、あの角を曲がればもう家が見えてくる。

その時、無言だったルキアが小さな声で呟いた。

「・・・私の願いも、叶えてもらって良いだろうか?」
「・・・お前の願い?」

ルキアの声の弱い儚さに、一護はハッとして足を止める。
ルキアは俯いたままもっともっと小さな声で呟いた。


「・・・ずっとこうして、一護と手を繋いでいられますように。」

「・・・!!」

「・・・・だめ・・・だろうか?」


何も言わない一護の様子に、おずおずと不安げな瞳でルキアは見上げる。
しかし当の一護は胸にこみあげる甘い感情に溺れそうになり、言うべき言葉がすぐには出てこなかった。

しかしそれを勘違いしたルキアは、慌てて手を離ししどろもどろに言い訳を並べようとする。

「・・・じょ、冗談だ!・・・いや!冗談ではないのだが・・・あぁ!いや!そ、そうではなく・・・!!」

すぐに我に返った一護は、顔を真っ赤にして泣きそうな様子のルキアを、少しだけ強く抱き締めた。
「悪りぃ。驚きすぎて、言葉、出なかった。」
「い・・・一護・・・!」

一護の腕に抱かれ、ルキアは緊張に身体を硬直させたが、すぐに一護の温もりがルキアを安らかな気持ちにしてくれた。
今度は一護が苦笑まじりに、自分の想いを素直に打ち明ける。

「わりと俺の一方的なもんかって思ってた。自信・・・なかったしな。」
「自信・・・?」

少しだけ身体を離し、困惑した様子のルキアと見合い、一護はわざとらしく笑ってみせる。

「お前、モテるし。」
「!!な、何を言う?私よりお前の方がよほど・・・!」
「あぁ、もういいって。だってお前が手を繋いでいたい相手は、俺でいいんだろ?」
「・・・一護。」

「お前の願い、俺が叶えてやるよ。だから、お前も俺の願い、叶えろよ?」
「・・・一護!」


一護は自分のマフラーを外し、ルキアの首にぐるぐるにまきつけ、
マフラーの両端を掴み自分の方へと引き寄せ、ルキアのおでこに一瞬だけ唇を触れさせる。


「!!・・・な!・・なにを・・・!」

突然のことに片手でおでこを覆い、そこに残る柔らかな感触にルキアは顔も真っ赤に狼狽し、
嬉しくも気恥ずかしさに涙目で一護へなにか抗議しようとするが、一護はそんなことはお構いなしに、またルキアの手を引いた。



「うるせー。あんま騒ぐんじゃねぇって。誰かに見られんぞ。」
「!!・・・だ、大体貴様!こ、こんな道端で、不埒な行為をするなど・・・・!!」

場所柄を考え小声でなにか言っているルキアの言葉を聞き流し、一護は別の事を考えていた。


今年から願いごとを、もうひとつ増やそう。


ルキアがずっと、心変わりしませんよーに。


・・・こんな煩悩にまみれた願い。



神様は、きいてくれるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 新年お年玉リクエスト企画第一弾!ダリちんさまからリクエスト!『イチルキいちゃいちゃラブラブ年越し』
 ・・・なんか、ラブラブいうほどラブでもいちゃでもない・・・?ラブラブって難しい〜と思いながら書きました〜(汗)
 私のラブポイントとしては、一護が口じゃなくおでこにキスしたところなんですが、如何でしょう?(え)
 私のイメージするイチルキは、どちらもちょっと意地っ張りな感じなんですよね〜。そして一護はヘタレだし・・・。
 それでいちゃいちゃ・・・?ど、どうすればいい?!! なんだか不完全燃焼な感じがいなめませぬ・・・
 も、申し訳ございません!(土下座)こんなもので良かったら、ダリちんさまへ捧げさせて下さい・・・!
 2009.1.10

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