『 真紅の絆 』 第五話


過去を思い出し、現在を忘れてしまった。
その上、突然の死神殲滅計画に結婚の申し出。
寝耳に水とゆうより、熱湯でもぶっかけられたような状況下にルキアの混乱は極みをきたす。
しかし女は惑うルキアを置き去りに、自分で思い描いた素晴らしき未来にうっとりと思いを馳せ瞳を閉じる。

「そうよ。貴方、私の弟の花嫁になるの!
貴方が花嫁になって、三人が一緒になれば、尺魂界を完全に私達のものにだってできるんだよ!」

「・・・・・・尺魂界を、私達のものに?」

「そう。とりあえず、挨拶は済ませたわ。あとは・・・次の準備を整えないとね。
あんまりのんびりできないけど、忙しいのは今だけ。
これが全部済んだら、あとは好きに暮らせるの!素敵でしょ!?」

「・・・・・・・・・」

姉は歌うように声を弾ませるが、弟はルキアを案じ窺うように見つめる。
ルキアは無言で頭を押さえ、一度固く瞳を閉じた。
それからしばらくするとルキアは目を見開き、呆然と呟きを洩らす。


「お前達・・・・・・いや。私もだ。
・・・・・・・・私は、お前達どころか、自分の名さえ、思い出せない・・・」

今まで覚えていなかった過去を取り戻し、代わりにルキアは己の名と彼らと別れた後の記憶を全て失っている。
赤子であった自分が彼らに育てられ、後に別れることになった。
そこまではわかるのに、その後自分がどのように生き現在に至ったものか全くわからない。
自分の名だけでなく、何者であったかさえわからず、ルキアは途方に暮れたように俯く。
これには姉も少々申し訳なさそうに声のトーンを落とすと、ルキアの肩を優しく抱いた。

「ごめんね。貴方の名前は訳合って、封じているの。
そのせいで、一時記憶が忘却されているんだよ・・・・・」

「!」


名を封じる。

意味はわからぬが、自分の中で大事な何かを失ってしまったような衝撃に、
ルキアが小さく息を呑むと、姉は慌ててルキアの両肩を掴み強く揺さぶる。

「でも大丈夫!後で必ず戻してあげるから!すぐに元通りになるんだから、心配しないで?
ただ今は、貴方の名前を知っている悪い奴に狙われないように、貴方の名を封じて忘れる術を施しただけだから!」

「私は、狙われているのか?」

「そうよ!それもたくさんの悪〜〜〜い死神達にね!!!」

「・・・・・・・・・・・・」

ルキアの呟きに姉は勢い込んで大きく頷く。
よくわからぬ状況ではあるが、過去を取り戻した代償に失った現在。
そして、自分の中に戻ってきた過去により、未来は確実に変化していく。
その無理にねじられた奇妙なうねりを敏感に肌に感じとり、漠然とした不安にルキアは僅かに体を震わすと、いつの間にか側にいた弟がルキアの肩に手を乗せた。

「・・・・・怖がらないで、大丈夫だよ。
姉さんは強引で無茶しちゃうけど、君の事は本当に大切で大好きなんだから。」

その暖かな眼差しと声に、ルキアは深い懐かしさを覚えていた。
そうだった。
幼い頃、彼はいつでも私の側にいてくれた。
不安な時、悲しい時、心細い時。
いつでも手を差し伸べてくれたのだ。

そんな優しい彼だから、だから、私はーーーーーー

「でも、完全な名無しじゃお互い呼びづらいわよね?
私の事は・・・そうね。朝でいいわ。で、この子は夜。髪の色が、そんな感じでしょ?

それから貴方は・・・ささめって、どうかしら?」

「ささめ・・・・・それが、私の名なのか・・・?」

物思いに耽った思考を遮り、姉がルキアへと語りかけると、その聞き覚えのない名にとまどいを感じルキアは困惑した。

「そうね。今だけだけど。
貴方は、ささめ。いいわね?・・・・・夜。」

「姉さん。なんだか返って、ややこしい気がするんだけど・・・」

「うるさいなぁ!いいじゃないの!用事が済むまでの、短い時間のことなんだから!」


騒ぎ立てる朝の背後に回ったルキアは、よからぬ予感に胸騒ぎが止まらない。

「朝に夜・・・・・頼む・・・!教えてくれ!
お前達は、お前達は何をしようとしているのだ!?」

「・・・・・・・何を恐れているの?
大丈夫よ。私達は、死神から、全てを取り戻すだけなんだから。」

これに振り向きルキアの見つめる朝の瞳は穏やかで、
それでいてゆるぎない強い信念の光を宿し、その瞳で真っ直ぐにルキアを見つめた。

「取り戻す?一体、何を・・・・・」

朝はすっと腕を持ち上げルキアを指差し、にっこりと微笑む。

「まずは、貴方よ。・・・・今は、ささめ。」

「わたし・・・?」

「ここに戻って、真っ先に貴方を取り戻したかった。それがうまくいったから、次はここ。」

「ここ?」

ルキアの返答に朝は頷き、それから両手を広げ優雅な仕草でくるりと回る。

「そうよ。ここ。尺魂界。
悪い死神を全部ぜーんぶ追い出して、三人だけで楽しく暮らすの!・・・・・昔みたいにね!」

「覚えてるかな?君のその古い話し方。
小さい君に姉さんが面白がって教えてたら、すっかりクセになって直らなくなったんだよ?」

「仕方ないじゃない!遊びのつもりだったのに、まさかこんな風にささめが覚えちゃうなんて思わなかったんだもの!」

「そうだったか・・・私に教えてくれたのも・・・・・・・」

確かに三人で暮らした過去の記憶は楽しかった。
だが、その過去と引き換えに失ってしまった何かをルキアの心は求めている。

なんだろう。

何故だろう。

それは、この二人よりも大切なものなのか・・・?

記憶のない記憶を求めるもどかしさに、ルキアは強く拳を握る。
しかし朝は心底嬉しそうに微笑みルキアを抱き締めると、その耳元に甘やかな声で囁いた。

「少しだけ準備に時間はかかるけど、でも私達だけの未来はもうすぐよ。
だから・・・楽しみにしていて。ね?」



私達の未来。

かつての私は、誰と共にありたいと願っていたのだろう。






・・・・・今ではもう、何も、思い出せなどしないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※私妄想映画パロのポイント『名前』と『結婚』
『名前』は『ジぶリのゲど戦記』を見て頂いた方ならわかるでしょうか?
その者の真実の名を知る者は、その者を支配することができる・・・とか、そんな感じです。
私はこの名前設定が大好きで、昔からのこの設定でよく話を妄想しておりました。
なので、今回の映画副題に絡め、この名前設定を大いに活用させてもらおうと思っております。
ちなみにルキアにつけた仇名の『ささめ』は『細雪(ささめゆき)』から。なんでもいいけど、雪のものをつけたかったので。
そしてもうひとつのポイント『結婚』
攫われたヒロインが、無理矢理にでも結婚させられそうになる・・・それは昔から私の最大萌えポイントでもありました♪
最近のもではケ○ロでの映画第二弾など、ギ○夏スキーな私にとって、とても萌えて美味しく頂けましたよ☆
なのでブリでもそれを期待していたんですが、残念ながらおねえちゃんが頑張りすぎて、弟くんがやや消極的でしたよね・・・?
そこら辺を少し補強した感じにしたいと願いつつ、あんまり押せ押せも彼のイメージじゃないしなぁ・・・と折り合いがつかず悩みどころであるのです。
2009.10.16

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