『 真紅の絆 』 第十一話


長い時間雨に打たれ続け寒さにやっと我に返った一護は、一切の記憶を失い特にの目的はなくとも、
雨宿りできる木もない見渡す限りなにもない丘に用はなく、フラつき冷え切った体を引きずるようにゆっくりと下っていく。
丘から下がって間もなく、木々の合間から朽ち果て廃屋化した小さなお堂が見えた。
一護はぼんやりとした目でお堂を眺め、とにかくここで雨を凌がせてもらおうと観音開きの扉へ手をかける。

ギィィッ・・・

たてつけが悪く軋む扉を開け見渡せば、中にはなにもなく床には埃が積もり、天井には蜘蛛の巣が張りそこかしこで雨漏りがおきている。
しかし一護はどれも特に気にした風もなく無言のまま中へと入り込み、雨漏りのひどい中心を避けると部屋の隅に身を寄せ、
濡れた服を脱ぎもせず自分自身を抱き締めるように小さくなった。


『俺は・・・誰だ?

ここは・・どこだ?

俺は、何をしていたんだ?

・・・・・思い出せない。


何も・・・何も思い出せない・・・・・・』


オレンジ色の髪からぽたぽたと雫が垂れ落ちるのも構わず、一護はただただ絶望的に途方に暮れ同じ事ばかり考えてた。

帰る場所もわからず、これから自分はどうしたらいいのだろうか。
とにかく人のいる場所をさがし、闇雲に自分を知っている人を探すべきなのか・・・?
しかしそれには本能的に強い危険を感じ、結局一護は術なく座り込んでいるしか出来ずにいる。

だから一護は考える。
何も思い出せない『記憶』を探り、なにか思い出そうと何度も何度も考えてみる。

しかし一護の中に『記憶』はない。
先程奪われ失った一護の『記憶』

ない『記憶』を求め考えても仕方ないが、今の一護が出来ることが考えることだけなのだから、
一護は自分ができることだけを懸命に辛抱強く繰り返していた。

何度も何度も。幾度も幾度も。
一護はひたすらなにか思い出そうと懸命にもがき続けていた。

そうしてしばらく時間がたった頃、一護の真っ白な記憶の中に僅かな光を見出していた。


「・・・・・・・・あっ!・・・・これ・・は・・・・・・・!?」


どう考えても何も浮かんでこない一護の頭の中に、やっとひとつの映像が浮かびだす。
しかしそれは、非常に質の悪いテープで上映されているようで、ノイズがひどく内容がハッキリと浮かんでこない。
だが一護には必死に考え得た唯一の『記憶』であるがゆえ、その『記憶』を読み取ろうとまたも繰り返し必死になって思い出す。

そうしてまたしばらく時間が流れると、次第に『記憶』の内容がわかるようになってきた。


そんな僅かな記憶の断片に、最後に誰かと話した気がする。
しかし、その人物になんと声をかけられたのかもわからず、
その者が男なのか女なのか、
自分が知っている者がどうかさえわからない。

ただ、自分の肩におかれた手がやけに白く、子供のように小さかった気がする。


自分の中に残るその記憶を反芻し、一護は濡れて冷え切った体を抱き締めていた。
不思議と体は寒いのに、この『記憶』は暖かく、思い出せる内は寒さを忘れられるような気がしていたのだ。
そんな風に一護はその大切な『記憶』を、より深く明確に思い出そうとし、
目を閉じ夢中になって思いを馳せていると、突然聞きなれぬ男の声が聞こえてきた。

「あぁ、こんなところにいたんですね?随分、探しましたよ。」

「!!」

驚きに一護が目を見開けば、そこには白い羽織をまとって杖を持ち、帽子を目深に被った怪しげな男が、
いつの間にかお堂の中に入り込み一人立っているではないか。
しっかり閉めたはずの扉は完全に開かれており、立て付けが悪かったのになんの軋みも聞こえなかった事にも一護は驚く。

只者ではない。
この男は、何者だ?
なぜ俺を探している?
敵なのか?味方なのか?

突然の浦原の登場に一護はすっかり混乱しており、自分を見つめたままなんの言葉も発せぬことを訝しみ、
浦原はゆっくりとした歩調で一護の方へと足を向けた。

「どうしました?怪我でもしましたか?」

「!!こ、来ないでくれっ!」

自分に近寄ろうとする浦原を警戒し、一護は弾けた様に立ち上がり悲鳴のような声を上げた。
これに浦原は驚き足を止め、窺うような眼差しでジッと一護を見つめる。

「・・・・・一体、どうしたんですか?」

「いや・・あの・・・・・悪いけど、そこから動かないで欲しいんだ。・・・・・頼むから。」

「えぇまぁ私は構いませんよ?でも、本当に何があったんです?訳をお聞かせ願えませんか?」

「・・・・・・・」

うまく説明が出来ない一護は、困ったように俯く。
その間浦原は黙って一護を見つめており、その口が開くのを辛抱強く待っていた。
短いような長いような不思議な時間の流れの中、一護はやっと目を上げると、
心細げな眼差しで浦原を見つめ、ひどく小さな声で呟いた。

「あんた・・・・・・・俺を、知ってるのか?」

「はい?」

「あんたは・・・・・・・俺は・・・・・・・誰・・なんだ・・・・・・・・?」

苦しげに喘ぐ一護の声は雨音にさえ掻き消されそうな程細く擦れて聞きにくいものであったが、しっかりと浦原の耳には届いた。
そして言われた言葉の内容に、浦原一人納得したように幾度か小さな頷きを繰り返す。

「・・・・・・・・・・ははぁ。そうですか。あなたも、記憶を奪われたんですね?」

「!!あ・・・あんた・・・・・あんた、何か知ってるんだな!
教えてくれ!誰だ!俺は、誰なんだ!!」

浦原の言葉に一護は驚き、そして浦原の元へと駆け出し両腕を掴み必死になって詰め寄った。

「落ち着いてくださいよ。心配しなくても、記憶はちゃんと取り戻せますから。」

「教えて・・・くれるのか・・・・・・・・?」

「いいえ。あたしには、教えられません。」

「なっ!?だったら、どうしろって・・・・・!」

暗い闇にさされたごく僅かな光明にすがりつこうとした一護の手から浦原はにべなく抜け出し、それでも必死に追いすがろうとする一護の胸に手にした杖の先端をぴたりと指す。

「貴方の中に、強い絆が存在しています。」

「・・・・・・絆?」

「情報は消せても、その絆は誰にも消せません。それは貴方の魂に刻みついた、記憶そのものなんです。
ですから、ご自分で思い出して下さい。貴方の、魂を。」

「俺の・・・・・・魂・・・・・・・・・」

言われた意味を深く噛み締めるように、一護は己の胸を押さえ言葉を繰り返す。
その一護の様子に浦原はなにかを感じ取っていた。

「急いでください。あまり、時間はありませんよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


胸を押さえていた掌を目の前に掲げ、一護は無言で見詰める。



俺のこの手は、一体誰に向って伸ばされたものだったのだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※2011.7.15

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