『 バレンタイン事変 その9 』

二人でやったお陰で、ほどなく部屋は綺麗になった。
その後、ギンは約束通りルキアの為に紅茶を淹れ、
二人はソファに並んで腰掛け静かにお茶を啜っていると、時刻はもう五時。

ルキアは初めてこの部屋へ来た時の事を思い出し、感慨深げに紅茶を啜る。

あの時は、あんな事をされた恐怖と怒りでいっぱいになり、二度とギンに会う事はないだろうと強く思っていたのに。
今は、自分の意志でここにいる。
ルキアはそれを、ひどく遠い出来事のようにも感じていたが、
ギンの方は少しだけ落ち着かない様子で、時計を見上げて呟いた。

「・・・・・もう、五時になってしもうた。今日は乱菊のせいで散々やったわ〜。
折角のバレンタインデートが台無しやん。お陰で昼飯も喰えんかったしな。
・・・そしたら、少し早いけど、夕飯でも食べいこか?ルキアちゃん、何が食べたいん?」

「・・・・・」

しかしギンの呼びかけにルキアは応えず、手にしたカップを両手で包み俯き加減に視線を落とす。
そんなルキアを訝しく思いながら、それでもギンは話しかけた。

「どないしたん。ルキアちゃん。まだお腹、空いてへんの?」

「・・・・・」

「それやったら、少しドライブでもしよか?夜景は少し早いけど、この時間も意外に綺麗やし。」

「・・・・・」

「・・・ルキアちゃん。ほんまは、まだ怒ってるん?」


話しかけても無反応なルキアの様子に、ギンは心配そうに声を潜ませ伺う様にルキアを見つめれば、
ルキアは一度深呼吸をしてから、ゆっくりとした動作で手にしたカップを静かにテーブルへ置き、
戻した両手を膝の上に乗せると固く拳を握り締め、緊張に強張った表情で搾り出すようにやっとの思いで言葉を紡ぐ。

「・・・ど・・して・・・・・い・・・・・」

「うん。なんて?」

小さく擦れたルキアの呟きを拾いきれず、ギンは少しだけ顔を寄せ促がせば、
ルキアは目を閉じ苦しげに息を吐き出し、それから先程よりやや力強く、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 

「・・・どう・・して・・・お前は・・・私に・・・・・触れて・・・・・くれない・・・の・・だ・・・?」



「・・・・・!」

 

意外すぎる言葉に思わずギンは開眼し、動きを止めてルキアを凝視した。
その突き刺さるまでに強いギンの視線を受け、ルキアは恥ずかしさに身を縮めながら、頬を染め更に固く目を閉じる。


わかっている。自分が今どれだけはしたない事を言って、ひどくギンを困らせているのか、充分にわかっている。

自分は雛森殿とは違う。
雛森殿は長い年月をかけ想った人と通じ合い、その人の温もりを求めるのは当然であろう。

だがしかし、自分はどうだ?

ギンと出会い様々な苦難を乗り越えたとはいえ、少し前まで罪の意識に捕らわれていたはずなのに、
短い期間でこんな想いを抱くようになるなんて。
しかもそれを、本人に向かい問いただすなど、自分はとても正気とは思えない。

でも、それでも、触れたい。
そう、思ってしまったのだ。

それは恋の病。

今まで頑なに拒んでいた愛情を受け入れ知った、理屈ではなく本能が求めた恋する感情。

これだけ近い距離に、ギンがいるのに。
二人の他に、ここには誰も居ないのに。

私がギンの温もりを求め手を伸ばすのは、それほどいけないことなのだろうか?


いたたまれぬ沈黙に、ルキアの頭の中に様々な気持ちが駆け巡り、思い詰めていたとはいえ、
こんな事を口にしてしまった後悔と恥ずかしさと緊張に身体が微かに震え出す。

「・・・・・ルキアちゃん。」

「・・・・・!!!」

驚く程間近で聞こえたギンの声に、ルキアは驚き閉じていた目を開けると、
ギンはルキアの目の前で片膝をつき、ルキアの身体には触れず両手で挟むようにソファの背もたれを掴み、
下から覗き込むようにルキアを見つめている。

互いの吐く息すら触れてしまいそうな至近距離に、ルキアは思わず息をのみ、
しかし視線を逸らすことも出来ず、黙ってギンを見下ろした。
ギンは少しだけ苦しげに、でもひどく切ない表情で甘くルキアへ囁きかける。


「僕が触れても・・・ルキアちゃんは、構わんの?」

「・・・・・え?」

ルキアは困惑したような声を小さくあげると、ギンは少しだけ顔を引き、
ずっと抱えていた不安な思いを、ゆっくりと吐きだした。


「前に僕、ここでルキアちゃん襲うような真似したやん。
フリゆうても、ルキアちゃんにはほんまに恐い思いさせてしもうたやろ?
僕が触られたら、あん時の怖い気持ち、また思い出すかもしれんしな。
・・・・・せやから、僕はまだまだルキアちゃんには、触れたらあかんて自分を戒めておったんよ。」

「だから・・・だからお前は、私を部屋にも、入れてくれなかったのか?」


ギンからの思いがけない告白にルキアは驚き大きな瞳をまん丸に見開き、
目の前で気弱な笑みを浮かべるギンを凝視する。
ギンは軽く頷くとやや視線を落として、更に言葉を重ねた。


「ほんまはルキアちゃんに触れとうて触れとうて堪らんのに、ヘタに二人きりになって、
キスなんてしてしもたら、どのタイミングでスウィッチが入るか、自分でも予測できへんかったしな。
それやったら、徹底的に距離置いといて、ルキアちゃんが僕の事受け入れてくれるまで、
いつまでも待ってようて思うてたんやけど・・・」

ここでギンは言葉を切ると、視線を上げしっかりとルキアと見合い、
ソファを掴んでいた右手を放しルキアの膝の上に乗っていた左手を覆い少しだけ強く握る。
その視線の熱さと握られた手の力強さに、ルキアは少しだけ不安げな様子でビクリと身体を震わせた。
しかしギンの眼差しに迷いはなく、その言葉にすら熱をこめ更に顔を近づけ囁く。



「そんなん聞かれるゆうことは・・・・・僕、許された思うても、ええのかなぁ?」

「・・・・・!」




「気ぃつけてな。ルキアちゃん。
恐がらすつもりはないんやけど、半端な覚悟で『ウン』言うたらあかんよ。
ウンて言うてしもうたら、後でそんなつもりなかった言うても遅いんやから。
ルキアちゃんに会うてから、今までずーっとしたことない、我慢に我慢重ねてきたんや。
一度壊してしもうたら、もう絶対に元には戻らん。
それでも・・・それでも、僕がルキアちゃんに触れても・・・ええのやろうか?」


「・・・・・」


その、なやましげな視線と、男ながらに感じる漂うな男の色香にあてられ、
ルキアは気圧された様に真っ赤な顔をして、無言で視線を逸らし完全に俯いてしまった。

数分そのままの状態でギンはルキアの返答を待ってみたが言葉はなく、そんなルキアの様子に小さく溜息をつくと淋しげにギンは呟く。

「・・・・・やっぱり・・・まだ、早いみたいやね。」


ギンは掴んでいたルキアの左手を解放し、ゆっくりと立ち上がろうとしたその瞬間。



ルキアは反射的に離れゆくギンの腕を掴み引くと、
顔を上げほんの一瞬だけ自分の唇をギンの唇へ合わせ、すぐにまた俯いてしまう。



あまりにも一瞬の出来事に、何が起きたか理解出来ないギンの耳に、小さな小さなルキアの呟きが聞こえてきた。




「・・・・・これで・・・・・四度目・・・だ。」



想像もしていなかったルキアからのキス。


あまりの衝撃に、ギンは立ち上がりかけた不自然な状態で、しばし硬直したように動けずにいた。
しかし我に返ると、目の前で恥ずかしさに涙ぐみながら、
顔を真っ赤に染めて、不安に身体を震わせているルキアににっこりと微笑みかけ、
俯いたルキアの頬を両手で包むと、ゆっくりと顔を上向け触れるだけの優しいキスをその唇に落とした。

「・・・五回。」

互いの熱い息が唇にかかる距離で、艶めいた声で吐息を吐き出すようにギンが囁く。
そしてその唇はすぐにまた唇を塞ぎ、ルキアの体をソファの上に押し倒しながら、
少しずつ角度を変え、今度はもう少し長く押し付けられる。

「六回。」

顔を上げたギンはすぐにカウントすると、今度は唇を割りぬめり動く舌を口中に挿しいれ、
舌で舌を擦り合わせつつ絡みあげれば、すぐにもルキアの口元から、
抑えながらも恥ずかしげな甘い呻き声が途切れ途切れに溢れ出す。

「七・・・」

また顔を上げたギンは嬉しそうに言うが、大部分を占める緊張と不安、それに僅かな期待に、
ルキアはどうにかなりそうになりながら僅かに息を乱し、大きな瞳を熱く潤ませ、惑う視線でギンを見上げる。
ギンは少しだけ苦笑し、ルキアの頬に優しくキスをした。

「そないに恐がらんでもええよ。無理なことは絶対せーへんから。
・・・でも、初めては痛いゆうから、少しだけ、我慢してな?」

「・・・・・!!」

真っ赤な顔を更に湯気が出そうなまでに赤くさせながらも、ルキアは唇を引き結びながら、
大きな瞳で挑むようにギンを見上げるその視線は、本来のルキアの持つ気の強さが伺え、
それにギンは安心したように笑うと、少しだけ悪戯っぽく声を潜めて囁いた。

「ルキアちゃんがほんまに嫌で、めちゃめちゃ痛い言うて、大泣きしたらやめたるから。」

「た、たわけ!!!誰が、泣くものか!」

これにルキアが声を荒げて叫べば、ギンはニヤリと笑い嬉しそうに声を弾ませる。



「それやったら、大丈夫やね。チョコより先にルキアちゃんを、おいしく食べさせてもらうことにするわ〜♪」


「!!!やっ・・・!こ、こら!!ギ、ギン・・・ん!・・んんっ・・・・・!!」


まんまとギンの挑発に乗ってしまったルキアは、ハッとし慌てて身体を起こそうとするが、
しかしギンは逃げられぬようにルキアの小さな身体をしっかりと抱き締めたまま唇を塞ぐ。




八度目のキスはカウントされぬまま、二人の影はひとつとなり、ソファへ深く深く身を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日の夜から、丁度一ヵ月後の夜。
それは偶然にも、先月と同じ13日の金曜日。
いつもの居酒屋で恋次はまたビールを煽り、テーブルへ叩きつけるようにジョッキを置く。

「ぷは〜っ!うめぇ!!!」

「・・・阿散井君。きみ、今日は・・・」

恋次の豪快な飲みっぷりにイヅルは眉を顰めて注意を促がせば、恋次は上機嫌で手を振った。

「わーってるよ!今日は二人が来る前に、潰れたりしねぇって!」

「この前は、本当に大変だったんだよ!きみは潰れるし、二人は帰っちゃうし・・・」

「だから!悪いって何回も謝ったじゃねぇか!!・・・にしても、二人は今日も遅いな。」

「そうだね。・・・あぁ!ほら、来たみたい。」

イヅルが店の入口を見ると同時に、ルキアと雛森が揃ってこちらへやってくるところであった。

「ごめんね〜!また、遅くなっちゃった!」

「遅れて、すまなかった。・・・今日は、大丈夫なようだな?恋次。」

「あぁ・・・まぁ・・・。この前は、悪かったよ。今日はちゃんと、皆で飲もうぜ!」

今日の飲み会はこの前の仕切りなおしに、恋次の発案で開かれることになったものだ。
四人は席に座ると何かしら雑談に花が咲き、その間にルキアと雛森の飲み物が運ばれれば、
自然と皆それを手に持ち、今度こそ皆のグラスが合わさろうしたその瞬間だった。

「はい〜終了〜」

「・・・は?」

「・・・え?」

「・・・あ?」

いつの間に側にいたのか、ルキアとイヅルは聞き馴染んだ声が降ってきて、
その声の主は、ルキアの手にしたグラスをひょいと取り上げニコニコと笑いながら立っている。

突然のギンの出現に、恋次、雛森、イヅルは驚き呆然とギンを見上げるが、
ルキアだけは驚きながらも口を閉ざさず、慌てて立ち上がり懸命にギンを睨みつけた。

「・・・・ギ、ギン!!きさ、貴様、なぜ!どうして、ここに居る!?こ、この後行くと言ってたではないか!!」

しかしそんなルキアの剣幕もギンはどこ吹く風で、わざとらしく唇を尖らせ、子供のように言い訳をする。

「なぜもなんも、あらんよ〜。僕ら、第一次ラブラブ期なんよ?
それやのに、彼氏ほかして友達と飲むなんて、ルキアちゃんもいけずやな〜」

「な!!なにがラブラブ期だ!!莫迦な事ばかり言うな!!!」

ギンの物言いにルキアは真っ赤になって怒鳴りつけるが、ギンは相変わらずの笑みを湛え、
取り上げたグラスをテーブルへと置くと、さっさとルキアの席に腰掛け、
頬杖をつきながら立ったままのルキアを見上げ意地悪そうに口の端を持ち上げる。

「そやかて、ほんまのことやろう?
飲み会終わるん、部屋で大人しゅう待ったろう思うとったけど、待ち遠し過ぎて思わず来てしもうた。
・・・どないする?ルキアちゃん。僕も一緒に飲むんか、このまま一緒に帰るんか。
どっちでもええよ。ルキアちゃんが、好きな方に決めてな?」

「・・・・・!!!」

不遜な態度のギンにルキアは一瞬絶句し、何事か叫ぼうと口を開くが、
そのまま声を出すことが出来ず、ルキアは悔しそうに開けた口を噤むと、赤い顔のまましばしの間思案にくれた。

「・・・・・すまぬ、皆。どうやら今日は、退散した方が良いようだ。」

そして呻くように下されたルキアの判断に、ギンは嬉々として席から立ち上がる。

「あ!やっぱり帰るん?
なんや〜!そっけないフリしとっても、ほんまはルキアちゃんも待ち遠しかったんやん!助平やなぁ。」

「!!だ、誰が助平だ!貴様の方が、よほど・・・!」

喚き立つルキアを無視して、ギンはルキアの手を握り、そして唖然としたままの恋次へとグラスを渡す。

「ほらほら、そしたら、コレ!ルキアちゃんの分。忠犬くんにあげたるわ〜そしたら皆様、ごきげんよろしゅう〜」

ルキアを連れてギンが去ると、携帯を手にしていた雛森も席を立ち、申し訳なさそうに頭を下げた。

「あ!ご、ごめんね!!私も、ちょっと急用で・・・。本当にごめんなさい!次に埋め合わせするからね!」




急ぎ店から出て行く雛森の姿を見届け、終始無言のままでいた恋次が、放心したまま呟きを漏らす。

「・・・泊るん・・だよな?」

「・・・そう・・・だね。」

「・・・あれ・・・完全に・・・・・やってる・・よな・・・」

「・・・・・・・・そう・・・だね。」

否定したくても出来ない状況に、イヅルは肩を落として肯定すれば、
ぼんやりとしていた恋次の肩がぶるぶると震え始め、手にしたジョッキを一気に空けると、
ガンッと割らんばかりの勢いでテーブルへと叩きつけ叫ぶ。



「吉良ぁっ!!!今日は、とこっとん飲むぞ!!いいな!!!」

「・・・・・どうして・・僕は・・・」


イヅルは青い顔でキリキリと痛み出す胃を押さえ、変わりに恋次は真っ赤な顔でルキアのグラスも手に取り一気に飲み干した。






こうしてイヅルが迎えるであろう、生涯で五本の指に入る最悪な夜は、騒々しく幕を開けたのだった・・・・・

 

 

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gin top

※こんなギンが書きたかった!これは、無罪の時から構想していたギンとルキアの初めての瞬間w
まず、無罪で風邪の時のエピでこのまま裏展開!?と数人の方の予想を裏切ったのもこの為だったんです!!
ルキアを大事に大事に想って、手を出さずに相当我慢していたギン。それに不安と不満を感じるようになっているルキア。
少しだけズレていた二人の気持ちが重なる時・・・とか!ぐは〜っ!萌える〜!私はこれで萌えたんですよ!!!
皆様もこれで萌えてもらえたら、すっごくすっごく嬉しいのですが、結果はいかに・・・☆
まるで最終回のような〆。そうなんです。本来これが最終回のつもりでした。
しかし!折角回を増やしたし、9で終わりもねぇ・・・って感じで、一応10回まで続きます。
でも、書きたい事は今回に全て詰め込んだので、最終回は完全におまけ扱いです。なので、更新少しだけ遅くなると思いますのでご了承下さい☆
もっと言えば、最後の恋次達の分を10に回そうかと思いつつ、いや!初めて日乱を書いてみよう☆とか思ってるので、お嫌いな方は読まなくても良いくらい。
そうです!急遽増やした最終回は、日乱の為と言っても過言ではなし!
でも初チャレンジで、自信もないからおまけ扱い。そんな最終回って・・・どうなんだろ・・・(今更)
2009.5.11

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