『 バレンタイン事変 その6 』

目の前にカップが運ばれると、乱菊は優雅な動作でそれを持ち上げ一口飲んだ。

どんな仕草も様になる乱菊の様子をルキアは無言で見守り、
まずは何を言うべきか激しく高鳴る胸を押さえ、様様な言葉が頭の中を駆け巡る。

『彼と別れてください』
『二人はどんな関係ですか?』
『私は彼を愛しています』

どれも口にするには勇気がいる上、なにかいまひとつ自分の心情を的確に言い表せていない。
こんな経験は初めてなだけに、覚悟を決めたつもりでも混乱と緊張にルキアはふわふわと浮き足立った状態で、
それでもなんとか乱菊と相対しようと視線だけは逸らさず、必死になって乱菊を見つめた。

しかし当の本人はそんなルキアの様子に気付かぬふりをしているのか、悠然とした笑みを絶やさずルキアににこりと微笑みかける。

「私の事、思い出してくれたみたいね?今朝はごめんなさい。あんな状態だったから、挨拶もできなかったし。」

それはつい先程の衝撃。
シャワーを浴びていた、乱菊の声だけを聞いたあの出来事。
その衝撃の大きさを思い出し、ルキアは腹に重い痛みを感じながらも、歯を食いしばり呻くように返事をした。

「・・・・い・・・いいえ・・・そんな・・・」

「でもあいつの部屋まで来れるなんて久々ね〜。後々の事考えて、住んでる場所さえ教えない方が多いから。」

「わ・・・・私は・・に・・・二回目・・・です。」

「二回目?・・・へぇ〜・・そーなんだ?」

「そ、そうです!!」

「ふーん。それは初めてかも。
・・・私達はねぇ、結構長くて深い関係なんだけど、あなたはギンと付き合ってどれくらい?」


『長くて深い関係』

この言葉にルキアは座りながら眩暈を感じるも、こんな事で倒れている場合ではないと、必死になって気力を上げる。

「・・・さ、三ヶ月・・・です。」

「三ヶ月ね。それにしても貴方、初めてのタイプね。」

「初めて・・・ですか?」

「こんな純情そうな子にだけは、あいつも絶対手は出さなかったから。
でもそれが最後の良心なのか、後々面倒事に発展させたくなかっただけなのかは、わたしも知らないけど。」

「・・・・・」

あまり悪意は感じられない言い方ではあったが、それでもその内容にルキアの心は重く沈む。

この人は一体どれだけギンの付き合った者と会っているのだろう。
そして、それだけの浮気相手がいてもなお二人は付き合い続けているのだ。

それが自然とギンと乱菊の歴史の長さを伺わせ、やはり私の方が浮気相手になってしまうのかと考え、
気を抜けば緩みそうになる涙腺を、ルキアは必死になって閉めようと努力する。
しかし相変わらず乱菊の方は楽しげな様子で、少しだけ声を潜ませた。

「それでも当然、あなたもそっちはとっくに済んでるわよね?」

「そっち・・・ですか?」

「わからない?・・・体のカ・ン・ケ・イ♪」

「・・・・!!」

これにルキアは無言で顔を真っ赤にさせて俯いた。この反応に乱菊はおかしそうに笑う。

「や〜だ〜!これくらいで真っ赤になったりして!あなた本当に可愛いわぁ。
でも、もしかしてあいつがはじめてだったりする?
可哀想に!あんな奴の毒牙にかかっちゃうなんて・・・」

少々大袈裟な身振りで、溜息をつきながら顔を振る乱菊に、ルキアは勇気を奮い口を開く。



「・・・・・ま・・・まだ・・・です・・けど・・・」

「・・・・・・・・・・・え?」



二人の間に完全な沈黙が生まれる。
ルキアは俯いたまま、乱菊は瞳を大きく見開き唖然としてルキアを見つめ、それから我に返ると慌てて言った。

「嘘!え?聞き違い?まだ?まだしてないの?だって、三ヶ月は付き合ってるんでしょ!?」

「し・・しては・・いません。で、でも!気持ちは、それだけは、誰にも負けないつもりです!!」

「・・・気持ち?」

「私は・・・市丸さ・・・ギ、ギンが・・好きです!!」

ルキアは顔を真っ赤にさせたまま、少しだけ泣き出しそうな表情で、
それでも決然と顔を上げ、真っ直ぐに乱菊を見つめて言った。

乱菊はただただ唖然とした様子で、惚けたようにルキアを見ているだけなので、
ルキアは乱菊に構わず自分の気持ちを吐き出していく。



「だ・・・だから!貴方には悪いんですけど、簡単にギンを、諦めるつもりはないんです!!」

「・・・・・・」

「後から出て来て、図々しい事を言っているのは・・・わかっています。ほ、本当に、すみません。」

「・・・・・・」

「私なんかじゃ、貴方の相手にならないのも、充分にわかっているつもりです。
・・・そ、それでも!このまま黙って逃げる事だけは、もうしたくないんです!!」

「・・・・・・」

「私は、もう・・・戦わずに、逃げるようなことをしないと、誓ったんです!!」

「・・・・・・」

「そ、それもギンのお陰で・・・ギンがいたから、私は、強くなりました。
か、彼が私を、どう思っているのかはわかりません。
一時の気の迷いか、単なる遊び相手であったとしても、

それでも、ギンは、私にとって、とても大切な人なんです!

だっ、だから!わたしは、絶対諦めません!!!」

ルキアが全てを乱菊へとぶつけると、今度は乱菊が真っ赤な顔で苦しそうに口を開いた。

「・・・・ぶはっ!!」

「・・・・!!」

「ちょ・・・ちょっと待って!!びっくりし過ぎて、息するの忘れてたみたい。あ〜苦しかった・・・」

「あ・・・あの。大丈夫・・・ですか?」

乱菊は何度か深呼吸で息を整え、それから水を一気に飲み干す。
その動作が落ち着くまでルキアは大人しく見守り、それからおずおずと声をかけた。

「ん。もう、平気。・・・で、話の続きなんだけど・・・」

「は、はい。」

乱菊はまじまじとルキアを眺め、それから呟くように問いかける。

「驚いたー・・・本当なのね?ギンのこと、『大切な人』って・・・」

「・・・はい!」

この時だけは、ルキアはしっかりとした表情で乱菊を見て答える。
これに乱菊は何度か瞬きをすると、それからふっと淡い笑みを浮かべた。

「・・・ちょっと悪ふざけ、しすぎちゃったみたいね。」

「・・・・はい?」

言われた意味がわからぬルキアの前で、乱菊は突然深々と頭を下げ叫んだ。




「ごめんなさい!!あたし、あいつとは全っ然そんなんじゃないから!」

「・・・・・・・え?」



今度はルキアがぽかんと呆気にとられ、何故乱菊が頭を下げているのか意味も分からず、
目の前で下げられている見事な金髪を呆然と眺めるだけであった。

 

 

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gin top

※最初に言います。この回は完全に回数増やしの回です。
まぁ前回、当初の予定とは違った終わりに急遽してしまい、ならば今回はルキアのギンへの愛情を叫ぶ回にしちゃおう☆と思い、
本当は8回くらいで終わりにするつもりだったので、回数を増やし切りよく10回終了を狙うことにしたのですー。
説明回りくどい上、長かったけどわかりました?(素人ながら物書きしているクセに、説明下手は致命傷)
で、今回も次回もギンは出ないギンルキ連載☆怒られる前に、出来るだけ早い終了目指すのでご容赦下さい(土下座)
・・・あ!でも、黄金週間中は忙しいので、更新出来ません。
・・・結局終了は休み明けになりそう・・・本当にごめんなさい。(頭を地べたにこすりつける土下座)
2009.4.28

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