『 バレンタイン事変 その5 』

ギンのマンションから逃げ出したルキアは昼前、とあるファッションビルのカフェに一人座っていた。

携帯の電源は落としたまま、自分の部屋や職場や以前ギンと一緒に周った店などを避け、
普段ルキアがあまり行かない範囲に足を向けた。
そうでもなければ、あの神出鬼没なギンに居所を突き止められそうな気がしたからだ。

範囲指定のないかくれんぼなら、さすがのギンも追ってはこれまい。
これでもし見つけられたなら、いつでも居場所を探し出される発信機の存在を本気で疑わねばならなくなる。

今日はバレンタインであるせいか、周囲は普段以上にカップルが多いような気がする。
皆一様に幸せそうに輝いて見える。
そんな中、ルキアは一人ぼんやりと冷めた紅茶の入ったカップを持ち上げ、飲むでもなく無意味に揺らしてみたりする。

さすがに今日の事は、どう言い訳されても納得できるものではない。

ましてや妹!

雑誌に載っていた男の言い訳で、浮気相手を姉妹と言うなど莫迦みたいだと思っていたものが、現実にギンの口から言われるなんて。
あの嘘つきにしては、随分雑な嘘であったが、それだけ動揺していたのだろう。

そう思うとルキアは少しだけ口の端だけ笑い、それから残った紅茶を一気に煽った。
冷めた紅茶の残りは冷たく喉を湿らせ、落ちていくのを感じる。
熱いうちは良い香りと熱に温まる身体も、冷えれば腹の中から冷たく温度を奪われてしまいそうな絶望的な感覚は、
まるで、冷めた恋のようではないか。

これから、どうしよう。

今度は空のカップを玩び、ルキアは思う。
ギンが家の前で待っている可能性は高く、奴の顔をみたくはない。
あの行動が浮気にしろ、本気にしろ、ギンに裏切られたのは確実で、今は黙って冷静に話を聞ける勇気がない。
今日はマンションには戻らず、実家に帰ろうか。
でも、今一人きりではいたくない。
ならば恋次と・・・いや、これ以上恋次を自分の事に巻き込むのは、あまりにも無神経すぎるであろう。

しかし、今日はバレンタインだ。
雛森も七緒も、想い人と一緒に過ごす大切なイベント。
それを邪魔することなど、してはならない。
だから大人しく今日は、実家で一人過ごすしか手はないようだ。

ルキアは空のカップを再び持ち上げ、飽く事無く揺らしている。
そしてひとつ、ルキアは確信した事があった。

だから、ギンは私に手を出さなかったのか。

部屋にいた女性は間違いなく、一緒にタクシーに乗った美人であろう。
誰も招かぬ部屋にあげていたのだ。
女のギンの呼び方もなんの遠慮もない親しげな感じが伝わり、その存在が特別であることは明白。
遠目にも胸の豊満さがよくわかった、あんなグラマラスな美人が傍にいては、
私の貧弱な体型に触れたいなどとは、戯れにも思わないだろう。

ルキアの口元に、自嘲気味な歪んだ笑みが浮かぶ。
それならそうと、もっと早くに言ってくれたら良かったのに。
私との事は、一時の気の迷いであって、他に本命がいたのなら、そう言ってくれれば私だってーーー

ぽた

テーブルに何か落ち、ルキアは驚いてそれを見つめた。
ぽた。ぽた。
そしてそれはまだ落ちてきて、そこでやっとルキアは、自分が泣いている事に気がついた。

一人になったら泣いてしまうだろう。
だから、一人になりたくなくて、ずっとこんな所にいるというのに。
すっかり緩んでしまった涙腺に、ルキアはなんとか涙を止めようと必死になり目元を押さえて俯いた。

泣くな。泣くな。
こんな所で一人泣いているなど、あまりにも惨めで格好悪ではないか。
そう自分に言い聞かせるが、涙は全然止まりそうもなく、
かえってどしゃぶりになりそうな気配に、ルキアはきつく唇を噛む。
こんな所で泣くなんて、どれだけ気が緩んでしまったのか。


周囲の幸せなオーラを感じながら、必死で泣くのを堪えようとルキアは一人惨めな気持ちで一杯になっていた、その時だった。

「・・・ねぇ!あなた、『ルキアちゃん』?」

「・・・え?」

頭の上からあまり聞き馴染まない声が突然降り、ルキアは驚きに思わず顔をあげた。
しかしルキアは、ぼす!!っと柔らかくも弾力のある、良い香りのするなんだかよくわからないものに顔がぶつかる。

「やだ!ごめんなさいね。うっかり近づき過ぎちゃったわ〜。大丈夫?」

「・・・え、ええ。平気・・・です。」

視界を遮った物体が避け、そこで初めてルキアはその声の主を見た。
長いウェーブがかった金髪に、女でも目を奪われるほど豊満な胸。
口元のほくろがセクシーな、キリッとした目が印象的な迫力美人。
先程ぶつかったものの正体に、ルキアは顔を赤らめた。

こんな綺麗な人、一度会ったら忘れぬはずだとルキアは困惑気味に無言のまま眺めていると、
女は愛想の良い笑顔でにっこりと微笑んだ。

「やっぱりそうだ!あなた、『ルキアちゃん』よね?まさかこんな所で会うなんて!」

「そ、そうです。・・・あの、すみません。失礼ですが・・・どちらさまでしたでしょうか?」

憶えていないことが申し訳なく、ルキアは恐縮した態度で女に尋ねるが、
女はさっさとルキアの向かいの席に腰を下ろした。

「貴方に、お会いするのは初めてよ。私、松本乱菊っていうの。宜しくね!」

「・・・朽木、ルキアと申します。」

「だから知ってるわよ。だって『ルキアちゃん』でしょ?
え〜っと。じゃあ、私も注文していいかしら?ずっと歩き回ったから、そろそろ休憩したくてね〜」

「え、えぇ。どうぞ・・・」

あっけにとられたルキアに構いもせず、乱菊は備え付けのメニューを手に取り眺め出す。
周囲にいた男のほとんどが、彼女と一緒でありながらも視線をチラチラと乱菊に送っている。
それも仕方がないと思えるほど、とても魅力的な人である。

呆然と乱菊を眺めていたルキアの脳裏に突然浮かんだのは、昨夜ギンとタクシーに乗り込んだ金髪の女。
そしてこの声。
間違いなく、今朝、ギンの部屋でシャワーを使っていた者に違いない。

そう思いついた瞬間、反射的にルキアは立ち上がろうと椅子を引いた。
しかし乱菊が開いていたメニューを、パンッ!と高い音を響かせ閉じた音に驚き、
ルキアは息をのみ、椅子から立ち上がりかけた状態のまま動きを止める。

乱菊はそんなルキアの様子には構わず、後ろを振り向き大きな声で叫んだ。

「エスプレッソ!お願い!」

それから前に向き直ると、驚いた表情で硬直しているルキアに悠然と微笑む。

「ここで偶然会えたのも何かの縁よ。少しくらい、お話しましょう?」

「・・・・・!」

ルキアは何も返す言葉が浮かばず、目の前の美女をしっかりと見つめる。

こんな女(ヒト)を相手に、私など敵うのだろうか?
でも、ここで逃げ出すことは敗北を意味し、それはギンを失う事になる。
そう思った瞬間、あの日ギンから聞いた言葉がルキアの胸の中で甦った。


『自分で闘って、向きあわないかんことも、世の中にはあるんよ。』

ぼんやりと心無く曇っていたルキアの瞳に、僅かだが光が灯る。

負けない。負けたくない。
戦いもせず簡単にギンを、諦めることなど、もう絶対に出来ないのだから。

だからルキアは、覚悟を決めた。
このまま、逃げ帰ったりはしない。
明らかに負けの見えている勝負でも、最後まで、諦めたりはしない。




それほどまでに、私だって、ギンが、好きなのだから。

 

 

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gin top

※これまた、書いてる内に最初と違う結びになった。どーしよーこの後の展開。まだ準備、してないのにw
でも!ルキアVS乱菊は、あんまり面白くない(言っちゃった!)だろうけど、
少しだけ長くなりそうなので、出きるだけ書いたら即更新目指しますー。でもあくまで目指すだけだったりーwww
話しを戻しますが、最初の構想では、乱菊にビビったルキアは、最後までビビりっぱなしで終わるつもりだったんですが、
最後の見直しで、なんだかルキアが負けたくない!って叫んできたので、更新寸前にこんな終わりになっちゃいました☆
まぁ、無罪ではギンが真心一杯に頑張ってくれたので、今話題のアンサーソング並みにルキアもギンを想っているよ!って事を表現してみることにしましたが、
どうしよう。やっぱり次の展開、まだ思いつかないぞ!?・・・そんなどきどきも込みで、まてー次号www
2009.4.23

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