『 バレンタイン事変 その3 』

「まったく!あいつは、どうしようもない!!」

ルキアは雛森と二人で入った店で、出されたお絞りで手を拭きながら、
先ほどの大勢の観客の前でのとんだ醜態を思い出し、恋次に対し怒りも露わに声を荒げた。
それに対し、何も知らぬ雛森は不思議そうにルキアを見つめ、きょとんとした様子で問いかける。

「阿散井君。どうかしたの?」

「・・・私が着いたら、もう、泥酔しておった。」

「珍しいねー。阿散井君、お酒、強いのに。」

「・・・そうで、あるな。」

詳しい説明などできるはずもないルキアは、歯切れも悪く仕方なくそこで話しを終わりにした。
そして飲み物がくると、二人だけでささやかにグラスを合わせる。

実は、ルキアが出て行きがけに雛森を拉致したのには訳があった。
本当に稀にではあるが、ルキアと雛森二人だけで飲んだりすることもあったが、
今日は雛森に恋愛について、参考までに色々話しが聞きたい思いがあったからだ。

ルキアはカクテルを一口飲み、もじもじと手を合わせる。
聞くのに気恥ずかしい内容だが、降って湧いた突然のチャンス。
ルキアは俯き加減のまま、思い切って口を開く。

「・・・雛森殿には・・好きな人が、いたと思うが・・・」

「あたし?うん!いるよ!付き合ってる人!!」

「・・・!つ、付き合っておられたか。それは、知らなかった・・・」

「職場の人だからね〜。一応、内緒で付き合ってるんだ。」

そう言って雛森は、照れたようにえへへと笑う。
雛森に想い人がいるのは、昔から聞き知っていた。
中学時代に会った人で、その人に憧れ保育士になったことも。
就職が決まった頃、その人と一緒の職場になったと大喜びしていたのだが、
まさか付き合うことになっていたとは知らなかった。

「・・・少し、聞いても良いだろうか?・・・その、どのような付き合い方を、するものなのか・・・」

「あぁ!朽木さんも最近、付き合ってる人がいるんだよね?・・・確か、以前一緒に飲んだ吉良君の先輩・・・」

「う、うむ。」

「やっぱり押し切ったんだね!良かった〜。
あの人朽木さんの事、すっごく好きだったみたいだし、大事にしてくれるよ!きっと!!」

「・・・そうで・・・あるな。」

ギンにはとても大事にされている。
大事にされ過ぎて、少々物足りないまでに。

ルキアはひっそりと心の中でそう呟くと、雛森は顔を寄せ、
少しだけ好奇に満ちた瞳でルキアを見つめ小さな声で囁いた。



「そしたら・・・もう・・・しちゃった?」

「!!!」



雛森からの質問に、ルキアは驚き思わず雛森を見つめれば、
雛森はあっ。という顔をし、顔の前で両手を合わせ申し訳なさそうに頭を下げた。

「やだ!ごめんね?デリカシーなかったよね?
・・・なんか、こーゆー話、朽木さんとした事ないなぁって思ったら、なんか嬉しくて、つい・・・」

「い、いや。構わない。・・・少々突然で驚いたのだが・・・
その・・・わ、私も、その・・雛森殿に、お聞きしたいのだが・・・」

しかしルキアにしたら、逆に好都合な話の展開。
とても聞きにくかった話も、今なら聞けると絶好の好機を逃さず会話を続ける。

「あたしに?うん。なに?」

「あの・・・だ、男性と・・・その・・・そ、そーゆーことに・・・なるのは・・・」

「エッチのこと?」

「・・・!!そ・・・そう・・・。その・・・どれ位付き合っていて、そんな事になるものか・・・」

「ん〜〜〜。そうだなぁ。私達は・・・二ヶ月しない位だったよ。」

「!!・・・普通は、そんなに、早いものなのだろうか・・・?」

「早いかなぁ?でも私達、知り合って十年くらいはたってるし、今は私も大人になったし普通じゃないかな?」

「・・・そうか。そんなもの・・なのか・・・」

「朽木さん。まだなんだ?」

「・・・そう、なのだ。」

「そんなの全然、焦ることないよ?早ければいいって訳ではないし。二人の速度があって、自然になるものなんだから。」

「・・・・・」



何か思案顔で黙り込んでしまったルキアの様子に、
雛森は少しだけ考え、それから意を決し小さな声で話し始める。


「・・・実は、あたし。自分からお願いしたの。
・・・あたしに、触ってください。・・・って。」

「え!?ひ、雛森殿が・・・?」


あまりに意外な話の展開に、ルキアは思わず雛森を見つめ、雛森は慌てて人差し指を唇に押し当てた。

「内緒だよ!?誰にも、絶対誰にも言わないでね!?」

「う、うむ。もちろん。約束しよう。」

「・・・だって、惣右介さん。やっと付き合うことになったのに、軽いキス以上、なにもしてくれなくて・・・。」

「・・・そ、それで?」

「だから、あたしに触ってくださいって、思い切ってお願いしたの。
・・・だって、好きな人と触れあいたいって思うのは、自然なことだよね・・・?」

「そ、そうで・・・あるな。」

「そしたら惣右介さん。あたしが初めてだったから、すごく気を使っていてくれて。
あたしが恐くないように、そーゆーことは、しばらくするつもりがなかったって・・・」

「・・・・」

「でも!経験なんかなくっても、相手が好きな人なら、恐くても恐くないよ!
だって、触れ合えるから感じる絆があるもの!!」

かつては雛森も、今の自分と同じ気持ちであった。
そんな気持ちを抱くのは、特別おかしいことではない。
その事にルキアは安堵し、それから自分から動き、その状況を打破した雛森の勇気に感嘆していた。

雛森は見かけこそ愛らしく柔らかな物腰の娘であるが、心の真ん中に真っ直ぐに芯が通っており、
人の言うことに簡単に惑わされぬ強い意志の持ち主で、その強さにルキアはいつも敬服している。

「だから、朽木さんも心配しないで!時期がきたらそうなるし、最初はやっぱり恐いけど、すぐ平気になるから!」

「・・・そうで、あろうか?」

「うん!大丈夫!!」

「好きな人の温もりを感じることができるって、すっごく幸せだって思えるよ・・・」

「雛森殿・・・」

雛森はルキアを安心させるように力強く頷くと、にっこりと微笑む。
その微笑に眩しさを感じ、改めてルキアは目を細めて雛森を見つめた。

「・・・あ!やだ!!またやっちゃった!」

「また?とは、なにが・・・?」

「惣右介さんの話してるとね・・・
どうしても、ノロケ過ぎてる!って、いっつも皆に怒られちゃうから〜ごめんね朽木さん。」

いつも話す友人達に、ダメ出しをされているのであろう。
雛森は照れ臭そうに笑いながら謝るが、ルキアは静かに首を振る。

「好きな人の話で、幸せになれる。それはとても、良い事ではないですか。」

「・・・!そう!そうだよね!?あたしもそう思うんだけど、皆もういいって・・・!!」

思いがけないルキアの肯定の言葉に押され、その後は雛森の惣右介トークで時間はどんどん過ぎ行った。
しかしルキアはそんな雛森の様子がひどく羨ましく、終止笑顔で黙って相槌をうち、聞き役に徹するのであった。

 

 

 

 

 

 

あと三十分で日付も変わる時刻になり、二人は駅を目指して歩いていた。
先ほどまで熱く恋人について話していたせいか、雛森の頬は赤く蒸気している。

「随分遅くなっちゃった。ごめんね?あたしばっかり喋っちゃって・・・」

「そんなことはない。わたしもとても楽しかった。」

「本当!?あぁ〜嬉しい〜!こんなに惣右介さんのお話したことなかったから・・・。
あ、でも!今度は朽木さんの彼の話も聞かせてね?」

「う、うむ。・・・しかし、わたしは雛森殿のように話すことなどなにも・・・」

「そんな隠したりしないでよ〜。あーでも本当に楽しかった!
初めてだよね?朽木さんとこんなに恋愛についてお話するのも。」

「・・・そうであったな。」

以前の自分は恋愛をご法度と自分を戒めていたせいもあり、人の恋愛話にもさほど興味なく接していた節があった。
なので雛森もあまりその手のことは多くは語らずにいた。
しかし今夜、初めて真の心の内を晒したことで、ルキアと雛森は以前より親しい友人関係になれたと思えるのだった。



はしゃいだ二人の口は止まらず、駅までの短い距離も何かしら話し続け、
その話の合間に、突然雛森は反対側の歩道を指差し声をあげる。

「朽木さんの彼氏さんって、・・・あ!確か、あんな感じの人じゃなかった!?」

「あんな・・・?」

「そう!あの金髪の女の人の隣りにいる人!すっごく背が高くって、スマートで、お洒落な感じで・・・」

言われルキアが雛森の指差す方向に視線を向けると、そこにはどちらも背の高い一組の男女が立っていた。
男はこちらに背を向けているが、女は真正面に向いており、まるで女優かモデルのようなゴージャスな雰囲気と美貌。
おまけにコートの上からでもはっきりとわかるような、はちきれんばかりの胸の形が強調されている。
女の方が男に何か詰め寄っており、その様子に通行人も興味津々な視線を送り過ぎて行く。

そして、その男の後ろ姿に愕然とし、ルキアは思わず呟きを漏らす。

「・・・ギン?」

「え?どうかした?」

「い、いや!なんでもない!・・・他人の、そら似であろう・・・」

「それにしてもすっごい目立つカップルだよね〜。
女の人もすっごい美人でグラマーで・・・。惣右介さんも、本当はあんな風が嬉しいのかな・・・?」

「そ、そんなことあるまい!!・・・それより、もう電車がなくなる!急いだほうがよいであろう!?」

「あ!やだ!!そうだった〜。行こう!朽木さん。」

「あ、あぁ・・・」

雛森にはそう言ってはみたものの、男の後ろ姿はやけにギンにそっくりで、
ルキアの鼓動はどくどくと激しく脈打っていた。
でもまさか、こんな時間にギンが女と二人でいるはずもない。

違う。違う。あれは、ギンじゃない。
よく似た別人だ。

と必死になってルキアは、自分へと言い聞かせる。

雛森はすぐに駆け出すが、どうしても気になったルキアは振り向き、二人の様子をもう一度見ようとした。
すると男はこちらを向いてタクシーを止め、女の方が乗り込むところであった。

(・・・え?)

その光景に、ルキアは走り出そうとした足を止め、唖然として立ちすくむ。
隣にいた美人にこそ見覚えはなかったが、こちらを向いた男は間違いようがなくギンであり、
あまり見たことのない厳しい表情で、急ぎタクシーに乗り込んでしまい、すぐにその場から消えてしまう。

「・・・朽木さーん?どうかした?」

「・・・今・・・行く。・・・あっ!」

雛森の呼びかけに、ルキアは踵を返し駆け出そうとした。
しかし、激しい動揺に半分麻痺したような身体は、足がもつれルキアはその場に倒れこんだ。

「やだ!朽木さん!大丈夫!?」

慌てて雛森が駆け寄り、ルキアの身体を支え起こす。
しかしルキアは少しだけ擦り剥いた膝の痛みも感じることなく、呆然としたまま小さく呟いた。

「・・・大丈夫・・・では・・ない・・・ようだ。」

「え?・・・朽木さん?」

驚く雛森に構わず、ルキアは衝動的にバックから携帯を取り出し、電話しようとしかけ途中でその手を止めた。

大丈夫。
あれは、ギンじゃない。
ひどく似ていたように見えたが、そんは訳ないではないか。

・・・ギンでは、ないはずなのだ。
絶対に。

なんだか今かけてはいけない気がしながらも、嫌な予感に胸が早鐘のように鳴りながら、
ルキアは強く唇を噛みつつ、祈るように掴んだ携帯ごとぎゅっと手を握り締める。

時刻は夜11時45分をまわり、13日の金曜は、あと数分で終わる。
しかし、ルキアの悪夢は、ここから始まることになってしまうのだった。

 

 

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gin top

※この回での雛森の役割を、最後までどうしようか悩んでいたんですが、どうせ創作でも原作でもイヅルが雛森とどーなる可能性もないし(え)、
だったら思い切った役つけちゃおう!と、こんなキャラにしてしまいました。
私の中で雛森さんは、天然小悪魔系ではないかと。計算とかなく、自分の本能のままに振舞えちゃうイメージがありました。
そして、実は雛森さんそんなに好きじゃないですwだって・・・騙されたとはいえ、シロちゃんに刃向けたんだもん!ww
とか、私の雛森談はいいにして、きました暗雲!不穏な影!二人はどうなるどうする!?と、どきどきして次回をお待ちくださると嬉しいですー
2009.4.13

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