『 バレンタイン事変 その2 』

今日は、バレンタイン前日の13日の金曜日。
夜の八時をまわったばかり。

恋次は手にした大ジョッキをぐっと傾け、勢いよく飲み干してしまうと、
ガタンと盛大な音をたて空になったジョッキを、テーブルに叩きつけるように置いた。
その様子に、隣りにいたイヅルが恐る恐る声をかける。

「・・・今日ペース早いよ?ちょっと、飲み過ぎなんじゃない?」

「あぁ?んなこたねーよ!!・・・おい!店員呼べ!生もう一杯追加だ!!!」

「もうよしなよ。これ以上飲んだら、二人が来る前に、本当に潰れちゃうよ?」

「るっせーなぁ!いいだろ!!今日は飲みてぇんだから、早く注文しろ!!!」

「まったくもう・・・本当に潰れても、知らないからね。」

不承不承イヅルはオーダーすると、恋次は首をガックリとうなだれ伏し、
その様子に呆れながらイヅルは、手にした焼酎をちびちびと飲みだす。

今日は恋次、イヅル、ルキア、雛森が集まるいつもの居酒屋での定例飲み会。
それは、ルキアがギンと付き合うようになってから初めての飲み会で、
あの時は格好良くルキアの背中を押したものの、
今頃になって恋次は深い後悔と未練にかなり激しく打ちのめされており、三ヶ月もたったというのに、
素面でルキアと対面する勇気もなく、遅れた二人を待ちながら、ついつい酒を煽ってしまう。



短時間に続けて飲み干した、もう何杯目かわからぬアルコールの威力にやられ、
恋次は酩酊した頭を軽く振り、先程の様子は打って変わり、俯いたまま呻くようにぽつりと呟いた。


「・・・したと、思うか?」

「え?なに?なんて言ったの?」


賑やかな居酒屋の騒音に負けた恋次の呟きに、イヅルは恋次へと顔を寄せると、
今度は顔を上げた恋次が、座った目つきで睨むようにイヅルを見つめ、一句一句に力をこめ、少しだけ強く言葉を放つ。



「あいつ・・・もう・・・したと・・・思うか?」

「あいつ?した?・・・なんのこと、言ってるの?」

察しの悪いイヅルに恋次はすぐに声を荒げて詰め寄り叫ぶ。



「だーかーらー!!!ルキアが!あの狐ヤローに、もうやられたと思うのかって聞いてんだよ!!!」


「あぁ・・・それは・・・もう、したんじゃないの?」

熱く叫ぶ恋次とは対照的に、イヅルは興味なさげに冷たくこれを肯定する。
当然のごとく恋次の怒りは力を漲らせ、思わずイヅルの服を掴んで自分の方へと引っ張った。

「なんだと!このヤロー!!!」

「き、聞いてきたのは、阿散井くんの方じゃないか!?」

イヅルの細い叫びに恋次はあっけなく手を離し、
またしても俯くと震える両手を目の前に掲げ、悲痛な思いを搾り出す。



「だ・・・だって。あ、あいつら・・・付き合ってまだ、三ヶ月しかたってねぇし・・・
お、俺なんか二十年近く一緒にいたのに、何もなかったんだぞ・・・!!」

「三ヶ月もあれば充分なんじゃない?
未成年ならまだしも、お互いもう大人だしね。・・・それに、相手が市丸先輩じゃあ・・・」

「あいつ・・・手ぇ早そうだもんな。」

「合コン行って、会って5分でお持ち帰り成功したって聞いたことあるよ。」

「!!!なんだそれ!???・・・ゆ、許せねぇ・・そんな軽薄な奴に・・・ルキアが!!!」

「あぁもう!そんな不毛な事考えても仕方ないよ。
大体、二人を応援するって、最初に阿散井君が言い出したのに。」



「それでも!許せねぇもんは許せねぇんだ!!
・・・やっぱり、やってんのか・・・やってんだよな?・・・やってる・・・やってるのかよ!!畜生ぉぉぉぉぉ!!!」


「こ、こんな所でそんな事、叫ばないで!・・・そんなに気になるなら、本人に聞いてみたら?」

正直たちの悪い酔っ払いの相手に疲れたイヅルは、無責任な事を言ってしまう。
もちろん本気なわけはなく、喚く恋次に少し黙って欲しかっただけなのだが、
まさかの提案に、恋次がハッとしたような顔をして動きを止めた。



「聞く?・・・そうか。聞くのか・・・
・・・そうだな。俺は、あいつの兄ちゃんの代わりで、保護者みたいなもんだし、聞いておいた方が絶対いいよな・・・」


「・・・?どうしたの?阿散井くん。まさか君、本気で・・・?」

「遅くなってしまった!すまなかったな。」

「!?く、朽木さん!!あ・・・あの・・・」

自分の言った事に反応し、おかしな様子でぶつぶつ呟く恋次の様子に、嫌な予感でイヅルが顔を青くしていると、
そんな絶妙のタイミングでルキアが現れてしまった。
イヅルは強張った顔でおろおろとルキアと恋次を交互に見比べていると、
突如恋次は立ち上がり、ルキアの前にしっかりと立ち塞がった。



「ルキアっ!!!」

「どうした恋次。もう随分、飲んでいるようだが・・・」

「そ、そうだよ!阿散井くん!!少し休んで冷静になってから・・・!」

ルキアの元から引き剥がそうとイヅルは恋次の腕を引っ張るが、
その手は簡単に振りほどかれ、イヅルは無様に押し返された。

そして、イヅルが止める間もなく、恋次は大きな声でルキアに言った。




「お前、あいつと、もうやったのか!!!」

「・・・・・は?」

「だから、あの狐ヤローと、もうエッチしちまったのかよ!!!」

「!!!」




恋次の声は周りの喧騒を打ち破るまでに大きく太く響き渡り、店内は一瞬だけ奇妙な沈黙に包まれる。
そしてその一瞬に間髪いれずに振り上げられたルキアの拳が恋次の顎を的確に捕らえ、
がこっ!と良い音が響き長身の恋次がその場に崩れ落ちれば、今度はおおっ!!と大音量の歓声に店内が湧いた。

「あ・・・阿散井くん・・・」

「たわけ!!!まだ、しておらんわ!!!」

「ごめんねー。遅くなっちゃって。・・・あれ?どうしたの?阿散井君?」

ぐったりと倒れたままの恋次にイヅルが声をかけてみるが反応はなく、
真っ赤な顔で怒鳴るルキアの背後に、なんの事情も知らぬ雛森が現れた。
そしてルキアは踵を返すと、雛森の腕を取り出口の方へと引っ張っていく。


「恋次はもうだめだ!すっかりできあがっておる!行こう!雛森殿!!!」

「え?え?く、朽木さん?」


怒りに燃えたルキアは雛森を拉致して去って行き、後にはぐてぐてになった恋次と、
それを見下ろし呆然としている気の毒なイヅルだけが残されてしまった。

「・・・なんで僕って、どこにいっても、こーゆー役回りなんだろう?」

「・・・そうか。・・・まだ・・・なのか・・・」

しかし恋次はルキアに思い切り殴られながら、どこか嬉しげな表情でそう呟くと、
恋次はがくりと頭を垂れ完全に気を失った。

 

 

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gin top

※まさかの恋次ターン!?なんだかどんどん私の恋次の扱いがひどいものに・・・
あれ?でも待って!ひょっとしてこれも一種の愛なのかなぁ?(違)
だって丁度いいんだもん!幼馴染でルキア一筋!・・・なのに絶対報われない!!いい子だね。恋次は本当にいい子だね・・・。(酷)
今回のお話は短いですー。今の構想でたぶん6〜7回くらいの予定。週一更新で来月半ばには終了です。たぶん。
最終回までドタバタさせる予定なので、あんまギンルキ話っぽくないかもしれん。それって結構問題か?www
2009.4.4

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