『 バレンタイン事変〜その後〜 その10 』 ※ギンルキもありますが、最後はがっつり日乱です!お嫌いな方はご注意ください・・・

晴れて暖かな、三月最後の休日。

春の日差しが降り注ぐ遊歩道をルキアはやや小走りに、その後をギンがゆっくりと歩いている。
あまり急ぐ気のないギンの様子に、ルキアは振り向きざま一喝した。

「こら!ギン!!もっと早く歩け!約束の時間に遅れてしまうではないか!!」

「・・・ええやん、別に・・・遅ぅなっても。」

「たわけ!約束の時間くらい、ちゃんと守らんでどうする!?」

「せやかて・・・ルキアちゃんと一緒の、折角のお休みやのに・・・」

「何をぶつぶつ言っておる!・・・あぁ!もう来ているではないか!」

「あーほんまや。先おるなんて、珍しいなぁ。」

ギンの嘆きなど聞きもせず、ルキアは目指す店をその場から覗き込み声を上げた。
待ち合わせの喫茶店の窓際で、目だつ見事な金髪が揺れている。
それは間違いなく乱菊であり、ルキアは慌て、ギンは気が無い様子でこれを肯定した。

「呑気な事を言わずに走れ!」

「へぇへぇ・・・」

ルキアに促がされ、ギンは仕方なく長い足で急ぎ歩けば走るルキアと同じ速度となり、すぐに店へと辿りつく。
息を乱したルキアと全く平静なギンが店へ飛び込めば、その姿を見つけた乱菊が立ち上がり、ルキアの側に駆け寄った。

「もう〜遅かったじゃないー!!随分待ったのよ!」

「す、すみません。急いで出たのですが・・・」

「あんなぁ乱菊。今朝突然呼び出して、遅いもなんもあらんやないの。
こっちは連絡受けて、一時間もせんで着いたんやから、褒められてもええくらいや!
・・・それに、ほんまやったら、今日は一日中ルキアちゃんと・・・」

「別にいいわよ。あんたの言い訳なんて聞きたくないし!ねぇ。それより・・・あの後、うまくいったのね?」

後半は声を潜めて乱菊はルキアの耳元に囁いた。
ルキアは耳を擽る吐息のくすぐったさと、内容に顔を赤らめ、恥ずかしげに頷く。

「えっ・・・えぇ・・・その・・・お、お陰様で・・・」

「ふふっ!良かった!私はソファで寝てるから、安心してベットが使えたでしょ?」

「・・・・・・」

あの日も去り際に乱菊に同じ事を言われ赤面したルキアは、やはり同じように顔を赤くし、うつむき加減になってしまう。
その様子に乱菊は微笑ましく思いながらも、すぐ慌てたたように声を上げた。

「あぁ!そんなことより・・・ハイ!紹介してあげる!私の、た・い・ちょ・う♪」

そう言われギンもルキアもハッとして乱菊の指し示した方へ視線を移すと、
そこには、銀髪を勇ましく立ち上げた、涼やかな目元の凛々しい少年が文庫本を手に静かに座っている。
そして乱菊の呼びかけに、応えるように視線を上げた。

「・・・・・日番谷冬獅郎だ。」

冬獅郎は低い声でそれだけ言うと、騒々しい大人達を置き去りに、再び手にした本に視線を落としてしまう。
ギンもルキアも予想以上に小さい背格好の冬獅郎に呆気に取られ、なんだか呆然と立ちすくんでしまった。
しかし乱菊だけは蕩けるような表情で嬉しげに声も弾ませ、二人の方へと向き直る。

「今日はねぇ、なんとバレンタインのお礼にってことで!二人で入学準備の買い物デートに来たの!
・・・バレンタインはね!隊長!お守り受け取ってくれたのよ〜♪
ルキアちゃんにはすっごくお世話になったし、私の隊長を是非紹介もしたかったのよねぇ。
折角だからこの前のお礼を兼ねて、三人でランチでもどうかと思ったの!
・・・・・だから今日は別に、ギンは、着いてこなくて良かったのよ?」

乱菊は最後の方を冷たい視線でギンを一瞥し、ギンはそんな事には屈せず、渋い顔して乱菊を見る。

「お前みたいな危ない奴に、ルキアちゃんだけ渡せんよ。」

しかしこれに乱菊は目を細めて更に視線を冷たくし、小さな声で呟いた。

「・・・・・変態盗撮魔。」

「お前にだけは、言われとうない!!!」

「こ、こらもうよさんかギン!・・・えっと、あの、私、朽木ルキアと申します。松本殿とは、最近知り合いまして・・・」

珍しく挑発に乗ったギンの腕を引き、ルキアは慌てて声をあげると、
なんとか話しを変えようと、この場の様子に無関心な冬獅郎へと声をかければ、その後を乱菊が引き継いだ。

「こっちは私の幼馴染。とにかく下半身に節操のない最悪な男です。隊長!大きくなっても、こんな男になったら絶対いけませんよ!!」

「・・・・・松本。どういう紹介の仕方だ。」

「あほ言うな!今は、ルキアちゃん専用や!!!・・・・・ったぁ!!!」

「ば!ばかギン!!!お前はしばらく黙っておれ!!!」

ルキアは真っ赤な顔で、ギンの背中を力一杯叩きつけて黙らせる。
こうして一騒ぎの後、やっとルキアとギンも席につき、奇妙な雰囲気の場をとりなそうと、ルキアは続けて冬獅郎に向かい話しかけた。

「え・・えっと。確か日番谷さんは高校受験を終えられたんですよね?どちらの高校に行かれるのですか?」

空座第一高等学校だ。」

「え!本当ですか!?私の母校は空座第一高等学校です!」

「・・・へぇ?そうか。それは奇遇だな。」

「えぇ!本当にそうですね!!空一は勉強も部活も充実したとても良い学校ですよ!」

「ならば学校について、少し聞きたい事がある。いいか?」

「私にわかることなら、なんでも聞いてください。」

思いがけず意気投合してしまったルキアと冬獅郎の様子に、ギンと乱菊は口を噤むしかなく、
やけに楽しげに話す二人の様子を、やや面白くない気分で黙って見つめていた。

すると、店に入ってきたばかりの少女達が斜め向かいの席に座り、
こちらを見ながらひそひそ囁く声がギンと乱菊の耳に飛び込んできた。

「え〜!すっごーい!何あの4人!皆、レベル高−い!!」

「ゴージャス美人に、スマートハンサム!カワカッコイイ男の子に、お人形さんみたいな女の子!
各種取り揃えてあります!みたいな感じ?芸能人じゃないよね?モデルとかかな?」

抑えているつもりだろうが、興奮した少女達の声は高く、この声に内心ギンも乱菊も鼻が高くなる思いだ。
それは自分の事を褒められる以上に、自分の愛する相手を褒められる事への優越感。
そう。自分の愛する者は、下手な芸能人など足元にも及ばない。
そんな優越に浸ったギンと乱菊は、自然と少女達の声に聞き耳をたてていた。

「・・・・・ねぇ。あの4人。なんだろうね?」

「うーん・・・ダブルデートじゃない?皆バッチリ、お似合いだし〜」

これにギンも乱菊も満足そうに頷いた。
しかしすぐにあがった次の声に、二人はピタリと動きを止める。

「そーだよねー!ゴージャスとスマートに、カッコカワイイとお人形さん!!すっごい似合う〜!!!」

きゃあきゃあとはしゃぐ少女達の言葉に、ギンは乱菊を、乱菊はギンをひどく嫌な視線でお互いを見つめあった。
言葉以上に雄弁に視線は語る。
自分の相手はこんなひどい者ではない。
そうしている間にも少女達の会話は止まらず、どんどん話しが膨らみ続けていく。

「そうかなぁ?私は・・・兄と姉のデートに無理矢理ついてきた弟と妹だと思う!」

「なるほど〜!大のブラコン・シスコンで、『お兄ちゃん・姉ちゃんの相手を私が見定めてやる!』な妹と弟!!」

「で、無理についてきてみたら、お互い妹弟連れで、
意外にもその妹弟同士気が合って、兄妹、姉弟それぞれで付き合っちゃう・・・ってパターン?」

「でもさぁ、全然似てないよね。」

「あ!じゃあ、連れ子で血は繋がってない!とか!!
本当は一番お兄ちゃんが好きだけど、あの子と付き合う。でも、気持ちがまだ揺れたまま・・・・・とか!」

「うわ〜ドロドロ展開じゃん!!どーするの!?」

「皆、気持ちを偽ってるから、相手も自分も傷つけるんだよ。それで、最後には・・・」

「・・・・・最後には?」

「結局、4人ともうまくいかなくなって別れて、後にそれぞれ別の相手を見つけるんだー!」

「うわ〜!救いない〜〜〜!!」

少女達は爆笑するが、これにはギンも乱菊もひどく不機嫌な顔で、ぼそりと一言呟いた。

「・・・・・気分悪いなぁ。」

「・・・・・そうね。私もよ。」

ギンも乱菊も腕を組み苛々していたが、ルキアも冬獅郎もそれには気付かず、まだ話に花を咲かせている。
ルキアは母校の話しが嬉しいらしく愛らしい笑みを浮かべ、冬獅郎はひどく興味深げに熱心にルキアの話しに耳を傾けている。
そんな二人の様子にギンも乱菊も嫉妬心に油を注がれ、燃え盛る炎の勢いのままに、ギンはルキアの肩を掴みグイッと自分の方へと抱き寄せた。

「帰ろ、ルキアちゃん。」

「と、突然なんだ!日番谷殿に失礼ではないか!」

「早よ、帰ろ。」

突然の事にルキアは顔を赤くし、慌てふためきギンを引き剥がそうとするがギンは全く動じず、静かな声で同じ言葉を繰り返す。
なんだか様子のおかしいギンに、ルキアは動揺しつつ、それでも言い訳するように口の中で小さく呟く。

「で、でも、折角、一緒に食事をと誘ってくださったのに・・・」

「そんなんええから。・・・・・今めちゃめちゃルキアちゃんとしとうなったから、帰ろうや。」

「!??なっ!ななな・・・なにを・・・!ま、またお前はそんな事を・・・!」

なかなかウンと言わないルキアに焦れ、ギンはさらりととんでもない事を言ってみせれば、
ルキアはすぐにも蒸発しそうなまでに顔を赤くし、驚いたように身を引くが、ギンはかえって身体を密着させ、ルキアの髪に甘い声で囁きを落とす。

「聞こえんかった?僕、早よぉルキアちゃん抱きたいんよ。・・・帰らんかったら、今ここでキスしたる。・・・してもええの?」

「やっ・・・!!か、帰る!もう帰るから、やめろ!!!」

いつもの口先だけの脅しではない本気を感じ取り、怯えたようにルキアは両手で口元を覆い、必死になって顔を縦に振る。
ギンはルキアを解放すると、財布から一万円札を抜き取り、乱菊へと投げ出すように渡した。

「ほら、乱菊。これで払っとき。これで貸しはなしや。・・・そしたら、お先。」

ギンはすぐにも席を立つと、真っ赤な顔のままあたふたとしているルキアの手を引きサッサと店から出て行ってしまう。
これには騒いでいた少女達も口を開けて見送っており、残された冬獅郎は唖然としていたが、
乱菊は瞳を怒らせ、ギンから渡された金を掴み立ち上がった。

「まったく!やっぱりあんたが邪魔だったんじゃないの!
・・・・・隊長、私達も行きましょう!これで、おいしものでも食べちゃいましょう!!」

乱菊はすぐにも会計を済ませると、ずんずんという効果音が似合いそうな足取りで歩き続け、その後を大人しく冬獅郎が着いて行く。
やがて二人は大きな公園内に入り、桜並木の広い遊歩道を並んで歩きながら冬獅郎は乱菊に話しかけた。

「どうしたんだ松本。怒ってるのか?」

「いーえ!怒ってなんかいませんよ!!」

「・・・思いっきり、怒ってんじゃねーか。」

「そんなんじゃないです!・・・・・ただ。」

「ただ?なんだ。変なとこで切らずに、全部言え。」

「・・・・・ただ!あーゆー時、彼女ならちゃんとフォローしてもらえていいな!って、ちょっと思っただけです!」

「あーゆー時?フォロー?・・・なんのことだ?」

「だから!もういいです!!」

何故乱菊が怒っているのか話の見えない冬獅郎は、眉間に皺寄せしばし思案するが、すぐに降参した声をあげる。

「?・・・・・なんだよ。訳わかんねぇな。」

「どうせ・・・・どうせ隊長には、わかってもらえないですよ。」

「・・・・・そうだな。お前が訳わかんねぇのは、いつものことだしな。」

「な・・・!ひ、ひどい隊長!!私のこと、そんな風に思ってたんですか!?」

冬獅郎の一言に萎れかけた乱菊のテンションが一気にあがり、足を止め咎めるように冬獅郎を見下ろした。
しかし冬獅郎は気にした風も無く、冷静な様子で乱菊を見上げている。

「だってそうだろう?お前みたいな女が、こんな餓鬼の気ぃ引こうと本気で一生懸命になってみたり、
やったことねぇ裁縫してみたり。お前のすることは、訳わかんねぇよ。」

「わ・・・私は・・・隊長が、好きなだけです。」

乱菊は強い瞳に更に力を込めて、真っ直ぐに冬獅郎を見つめキッパリと言い切った。
乱菊からの告白は、もう何度目かわからない。
その度にこんな風に力一杯こころを込めて言われれば、慣れたとはいえ冬獅郎の心にも微妙は変化はおきている。
冬獅郎は口の端に微かに笑みを浮かべて苦笑する。

「それが一番、訳わかんねぇ。・・・・・でもな、松本。」

「・・・・・はい?」

「今はまだ早いけど、もっと時間がたったら・・・そうだな。
少なくとも高校卒業してからなら、お前の気持ちに応えることが出来ると思う。・・・・・それまで、待てるか?」

最初冬獅郎は、乱菊の告白は冗談だと思い、まともに相手にしていなかった。

それもそうだろう。十歳以上も下の餓鬼に本気で告白してくる女がいるなんて想像すらできはしない。
まして相手は、男なら誰もが目も心も奪われるような、グラビアアイドルも目ではない、
輝くような美貌と抜群のプロポーションを保持した女。
タチの悪い悪戯ぐらいにしか思っていなかった乱菊の追っかけは、しかしすぐに自分の認識違いであったと冬獅郎は思い知らされる。
どんなに辛辣に断り、遠避けるような事を言っても乱菊はメゲもせず冬獅郎の側にいた。
いつもこんな風に真剣な眼差しで冬獅郎を見つめて追い、そして待ち続けていたのだ。
その真摯さにいつの間にか冬獅郎の気持ちも動かされており、冬獅郎は今日初めて、乱菊の気持ちへ応える言葉を口にしたのだ。
これに乱菊は感動に潤んだ瞳を目一杯見開き、顔の前で両手を握り締め、冬獅郎へと顔を寄せる。

「・・・!!!ま、待ちます!待てます!!私、一生隊長の側にいるつもりですから!!!」

「松本・・・そーゆーのは男の科白だろ?お前が言ってどうするんだ。」

「だ、だって・・・!隊長が初めて・・・初めてそんな事、言ってくれたから・・・・・!!」

「まだ三年も時間がある。お前だって心変わりするには充分な時間だろ?そう焦らなくていい。」

感動に瞳をうるうると潤ませた乱菊に、冬獅郎は悪気も無く正直な気持ちを言ってしまう。
その一言に、ピキッと音がして乱菊が固まり、またしても頭に怒りマークが浮かび上がる。

「な・・な・・・!ひ・・・ひっどーーーーーい!!!隊長!私の気持ち、そんな軽いもんだと思ってるんですね?」

「そうじゃねぇよ。ただ、人は変わっていく生き物だろ?変わることが、大事なことだってある。」

「変わらないことが、大事な事だってあるんですよ!!!」

乱菊は冬獅郎に力一杯叫ぶと、ふいと背を向け立ち止まる。冬獅郎は軽く頭をかき、それから乱菊の背中に話しかけた。

「怒ったのか?」

「怒りました!」

「傷つけたか?」

「傷つきました!」

「・・・・・しょーがねーな。どうして欲しいんだ?」

溜息をつき冬獅郎がそう言えば、乱菊も声を落とし、静かな声で一言言った。

「・・・・・キス、してください。」

「・・・・・松本。」

これには冬獅郎は動きを止め、やや咎めるような目つきで乱菊の背を見れば、
乱菊は勢いよく振り向き、いつもの強い眼差しで真剣に冬獅郎を見つめ貫く。

「後は三年後まで我慢します!だから、一回でいいんです!今・・・・・キスしてください。」

完全な沈黙が生まれた二人の間に、春の香を含んだ強い風が吹き抜ける。
しかし乱菊の瞳は揺らがず、それを見つめていた冬獅郎は厳しい眼差しをふっと弱めた。

「世話が焼けるな・・・・・」

「してくれるんですか!?」

「そう騒ぐな。・・・・・あぁ、丁度いい。そこに座れ。」

「は、はい!!」

冬獅郎が指し示したベンチに乱菊は駆け寄り座れば、その前に冬獅郎は立つ。
ドキドキと期待にほんのりと頬を染め、乱菊はそっと目を閉じて顔を上向けるが、いつまでたっても冬獅郎の唇は降りてこない。
僅かな時間でもう痺れを切らせた乱菊が薄く目を開けば、冬獅郎は乱菊の豊かな髪を一房手に取った。

「!?・・・た、隊長・・・?」

どうしたのかと乱菊が尋ね様とした瞬間、冬獅郎は手にした髪にそっと口付け、すぐに手をあげ素っ気なく言った。

「後は、三年後だ。」

「え?え?・・・えーーーーーーっ!?だって今の、今のはキスって言わないです!?そんなのってないですよぉ!!」

冬獅郎は既に背を向け歩き出し、慌てて立ち上がった乱菊はその小さくも大きな背中の後を追い叫ぶ。
それに冬獅郎は不機嫌に眉を顰め、冷たい口調で突き放す。

「煩い。誰が、口にしてやるって言った?」

「だって!・・・・・だってぇ!普通キスって言ったら・・・・・」

しょげたように俯き足を止めた乱菊の様子に、冬獅郎は小さいため息をつき振り向くと、
俯く乱菊の視界に突然飛び込み、乱菊の後頭部に手を伸ばし掴み引き寄せ、まるでキスする寸前のように、ごく間近で瞳を見合わせた。

「約束だ。三年、待ってろよ。」

「・・・・・!!!」

突然の事に息をのんだ乱菊を見つめ、冬獅郎はやけに色気のある鋭い瞳で乱菊を魅了し、
不遜なまでに威高いげな口調でニヤリと笑い、そしてすぐに乱菊を解放すると、またも背を向け一人歩き出す。

残された乱菊は、頬を赤らめやけに激しく高鳴る胸を押さえたまま、呆然とその背中を見守った。

「ずるいなぁ。・・あんな顔・・・されたら・・・」

キスのひとつもしてもらえぬまま、三年も待つなど普段の乱菊なら考えることもない最悪の取引条件。
なのに。
なのにあの少年は、何一つ与える事なく、自分の全てを奪っていくのだ。

なんて、男だ。

乱菊は思う。
間違いなく、彼は今まで会った男の中で、一番の男。
そして、それは自分にとって生涯最初で最後の男なのだ。
諦めない。
決して。
もう絶対に、離れはしない。
彼が待てと言うのであれば、何年でも待つ。
それ位の覚悟は、もうとっくに出来ている。

静かに熱い決意に燃える乱菊などお構いなしに、冬獅郎は前を向いたまま当然のように彼女を呼ぶ。

「遅いぞ。松本!」

「・・・・・あ!待ってくださいよ〜隊長〜〜〜!!」

冬獅郎へと急ぎ駆け寄る乱菊の足音が響く桜の散った桜並木には、花の代わりに若い青葉が見事に繁り、
これから始まる二人の新しい季節を感じさせていた。

 

 

<バレンタイン事変・完>

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gin top

※ギンルキ連載のラストが日乱とはこれいかに。な、最終回。いかがでしたでしょうか?・・・最後まで読んでくれた人。何人いるかなぁ(遠目)
それでも日乱はギンルキよりは全然王道路線ですよね?知らないけど。うん、たぶん。(適当)
最初回数に入れてなかったこの回は、私が書く最初で最後の日乱にしてしましました〜☆
一回くらい挑戦してみたかったけど、どんなもんか全然思いつかなくて・・・
それが!ギンルキで思いついたからノリで入れちゃえ☆って・・・まずかったかな?(今更)
それでも私は日乱まで書けて、この連載に大満足できました!ここまでお付き合いくださった皆様。本当にありがとうございました〜☆
2009.5.16

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