牢の中は再び静寂で満たされた。

ルキアは叫び、その後は指先が白くなるまでに柵を強く掴んだまま、唇を噛み締め睨みつけるようにギンを見ており、
反対にギンは放心したような心あらずといった、空虚な目で呆然とルキアを見ていた。


ルキアは知っていたのだろうか?僕の想いを。

僕がきみを好きだということを。

知っていて、あんなことを言ったのだろうか?

まさかという思いと、ひょっとしてという思いが混ざり合い、
やはりギンは発すべき言葉が見つからず、途方に暮れたように黙り込むしかない。


僕はこの子に、何を言えばええんやろう?








 罪 5







やがてなにも語らぬギンに痺れをきらし、痛いまでの静寂を破りルキアの方が先に口を開いた。


「市丸ギン。
私がここに来たのは、貴様に聞いておきたいことがあったからだ。
ひとつは、なぜあの時、貴様はわざわざ私の所へ出向きあのような嘘をついた。

そしてもうひとつは・・・なぜ、私を助け、藍染を討った。

その事についてだけは、調書でもお前はなにも話ていない。
・・・その答えを聞かんうちは、私はお前をどこにも逃がしはしない。」



ギンはボンヤリとルキアを見下ろしていたが、ふいに喉の奥から押し殺した笑い声が上がった。
ギンは口元を片手で隠し、可笑しくて仕方がないように、身体を震わせ全身で笑っている。


「・・・なにが、可笑しい。」
ルキアはギンを見据えたまま、低く抑えた声で問う。


ギンは笑ったままに、突然素早くルキアの側へ歩み寄ると、柵を握っていたルキアの手を掴んだ。


「!!なっ・・・・・!」

「ずいぶん、油断しよったね?
いつものルキアちゃんなら、警戒心の塊で、僕の指の動きひとつにも注意をしとったもんやけど?
いっくら僕が檻の中やからって、気が緩みすぎてんのとちゃう?
こっからでも、やれることはいくらでもあるんよ?」



そう言いながらギンのもう片方の手は、ルキアの肩を掴み、
柵越しではあれ密着する勢いでギンはルキアの顔に顔を寄せた。



「き、貴様!放せ!大声を出すぞ!!!」


「ええよ。いくらでも出せばええ。
人が来て困るんは、ルキアちゃんと・・・ルキアちゃんに内緒で鍵渡したあの子やろうね?
預かっといた鍵、無断で譲渡するなんぞ、立派な規律違反やん?しかも僕みたいな上級犯罪者の無断面会やろ。
ずいぶん怒られた挙句、ルキアちゃんのせいで席官から平にまで降格するかもしれんよ?・・・それでも、ええの?」



「!!!・・・・っく!」



目の前で蛇の長い舌をチロチロと出し入れされているような不快なギンの言葉に、
ルキアは逃げ出したくともギンの両手で柵に固定され、逃げ出すことが出来ず顔を背け悔しげに唇を噛むしかない。

ギンはそんなルキアをあざ笑い、嬉しげに囁いた。



「ええねぇ。その顔。僕、ルキアちゃんのその顔、めっちゃ好きやわぁ。
ほんまは泣きたいくらい恐いはずやのに、そんなことないふり必死でしよる。
・・・そやから、余計に苛めたくなるんよ。これが、ひとつめの答え。」



それでもルキアはなんとか涙に潤む大きな瞳で、必死になってギンの目を睨みつける。


「・・・ならば、もうひとつの答えは、なんだ?」

「もうひとつ・・・なんやったかな?」

「なぜ、本当に私を助けた?!」


その言葉にギンは、大袈裟に驚いて見せた。


「助けた?ルキアちゃんを?!僕が助けた!!・・・そうやね、結果的にそうなったみたいやね。
良かったなぁルキアちゃん。そしたらそない恐い顔せんで、もっと僕に感謝してもええんやないの?」


「・・・どういう・・・ことだ?」


訝しげに眉根を寄せたルキアの顎を、やや力をこめてギンは掴み持ち上げた。


「僕が助けたんは、きみやない。・・・僕自身や。」

「なに・・・?」


「藍染隊長はあのままやったら、とんでもないことやらかすつもりやったんやけど、
ほんまは僕、もう飽き飽きしてたんよ。
面倒やし、やる気ぃもなかったんやけど、そないなこと言うたらすぐ殺されてまうし、なんとかうまいこと逃げ出せんか考えてたんよ。
・・・そしたら、あん時の藍染隊長が無防備やったから討った。そんだけの、こと。」



ギンの言葉に惑うように視線を漂わすルキアの様子に、ギンはひっそりと笑みを深めた。


「結局、僕もこうして捕まってしもうたし、あんま意味なかった気もするけど、しゃーないわ。
ずっと隙窺ってたもんやから、チャンスや!思うたら思わず刺してしもうたんよ。」

ルキアは細い顎を掴まれたまま、やや苦しげにギンを睨みつけ低い声で呻いた。
「・・・ならば、最初から私を助ける気など・・・」

「あるわけないやん。そないなことして、僕になんの得があるん?」


ルキアはギンから目を逸らし、何か言いたげな表情で視線を伏せた。
しかしその口から言葉は発せられず、代わりにギンがからかうように声を弾ませた。


「・・・もしかしてルキアちゃん。
僕が、ルキアちゃんが好きで好きで藍染隊長裏切ってまで助けてくれた。そないなことでも思ったん?
もしそうなら、えらい自意識過剰なんやない?
僕は、ルキアちゃんを苛めるんは好きやけど、女の子としてなら、もっと育つとこ育ったような子の方がええなぁ。

・・・あぁ、でも。」



そう言うとギンは、顎を引き上げルキアの顔と正面から見合う。


「ここ入って退屈やし、ルキアちゃんみたいに未熟な子ぉでも、特別に相手したげてもええんよ?」



言うなりギンは、柵の間からルキアの唇に舌を這わせた。



「!!!!やぁっ!!」


ルキアは空いた片手でギンの身体を力一杯叩き、ギンはすぐにルキアを解放した。
ルキアは柵から飛びのき壁に背をつけ、驚愕に目を見開いた。

ギンはいつものように口元を鋭角に引き上げ、最も残忍な顔で冷たく微笑む。


「もう、わかったやろ?・・・そしたら、二度とここ来たらあかんよ。
・・・次は、本当に相手してもらことになるわ。」


「!!・・・も、もうよい!よく・・・よく、わかった!!!」


ルキアは叫び、身を翻して扉の外へ消えてしまった。



ガジャッ!



鍵のかかる音が、やけに大きく辺りに響く。


ルキアが消えると、ギンは無表情にしばらくその場に立ち尽くしたまま、閉じられた扉を見つめた。



これで、いい。



ギンの本心など、ルキアは知らぬままでいい。

知ってしまえば、あの娘はまた余計な重荷を背負い暮らしていくに違いがないから。
そんな思いをするのは、あの無鉄砲で莫迦な上司のことだけで十分なはずだ。
僕のことでまで、あれこれ思い悩んで欲しくはない。

ルキアの中で僕は、いつまでも恐怖の対象であり続ければいいのだから。



そしてゆっくりと、己の唇を片手で覆う。



触れて、しまった。



最後の最後で、どうしても欲求に勝てなかった。

これが最後かと思うと、どうしてもルキアに触れずにはいられなかった。


舌先に残る、ルキアの柔らかな唇の感触。


きっと、何百年経とうと忘れられぬ感触。


そして、またいつか触れたいと思ってしまう感触。



ギンは振り向き、絶望的な思いで、狭い窓から覗く双極の丘を仰いだ。



これで、自らの意思では死ねなくなった。



ルキアのいない世界に、行きたいと思えなくなってしまった。


すんません。藍染隊長。


ギンは胸の中で、謝罪した。





これが、僕に対する罰なのか。





己の神と等しき藍染を討った、罪。





その神に背いてまで護った、愛しき娘に二度と会えない、罰。





藍染の所にも行けず、ルキアの所にも行けない。








ギンはルキアを知った己の唇を、自らを嘲笑おうとしながら、丁寧に鋭角に持ち上げる。

その顔は笑っているのに、ギンは自分が泣いているのでないかと思えた。




ふたつの狭間に宙吊りにされた、苦しい、苦しい、苦しい想い。




なんて重く苦しい、罪と罰。






※2009.1.1

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