藍染をこの手で討ち取り、これ以上驚くことなどなにもないと思っていた。


だが今、ギンは確実にあの時以上の驚きを感じている。



ルキアが。



朽木ルキアが、



檻を隔てて、そこに、居る。








 罪 4







ギンは一瞬完全催眠を疑ったが、その術を施せる者は既にこの世界に存在していない。


その者は、この手で屠ったというのに。


その事に気付き、ギンは小さく苦笑を漏らす。


ルキアはなんの表情も示さず、ギンをしっかりと見つめていた。


思えば、こんな顔のルキアを見るのは初めてかもしれない。


ギンの知っているルキアは、いつも彼に怯え、それでも気丈なフリをして必死になっていた。


こんなに、静かで凛としたルキアは初めて見た。



綺麗やな。



ギンは口には出さず、心の中だけで素直な気持ちを呟いた。



どれだけの時間沈黙の中、互いの顔を見つめ続けていたのだろう。


最初の衝撃から落ち着きを取り戻したギンは、ルキアへ向かい、せせら笑うように声をかける。



「なんや、ルキアちゃんやないの。ここはきみのお部屋とちゃうよ?
あんまり居心地ようて、お部屋間違えたん?」




「・・・」



ギンの挑発にもルキアは乗らず、依然として唇を引き結んだままギンを睨むように見つめている。



ギンは軽い溜息を漏らし、挑発を諦め静かに問うた。



「・・・ほんまにきみどうしたん?ここは、関係者以外立ち入り禁止やろう?
この間まで入ってたんやから、それくらい知っとる思うたけど?」




「・・・ここの掃除係りの者に頼み、特別に鍵を貸してもらった。」



ルキアは初めて言葉を紡ぎ、そしてやはりギンを見つめ黙り込む。



ギンには、ルキアの意図が全くわからない。


そんなことをして、ルキアになんの得があるというのか。

他の者に見つかれば、ルキアも鍵を渡したその者も厳重に処罰されるに違いないのに。



様々な考えが頭の中を駆け巡り、それからひとつだけルキアの行動の意図を思いつき、あぁ。と思わず声が漏れた。




「なんや。あの時ルキアちゃんについた嘘の仕返しにでも来たんか?


別にええよ。


僕は逃げたい思わんし、逆にあそこに張り付けてもろうて、早よぉ焼いてもろうた方がええくらいやもの。」





「・・・なに?」




表情のなかったルキアの瞳が僅かにつり上がり、厳しい視線でギンを射抜く。


ギンはその視線を真正面に受け止め、それでもあざ笑うように言葉を続けた。





「もうええんよ。


藍染隊長はのうなってしもうた。


それも、僕のせいで。


もうなんもかんも面倒や。


この世界が無くせんのやら、僕が無くなってしまえばええ。


それが一番楽ちんやん。」






そこで初めてルキアは動き、二人の間に阻む柵を両手で掴み声を荒げて叫んだ。





「貴様!・・・逃げるのか?」





「逃げる?僕が?なにから逃げる言うん?」



ギンはルキアの怒りの意味がわからず、素直な気持ちで問い返す。


ルキアはその態度に一瞬唇を噛み締め、それから力一杯ギンへと叫んだ。





「私からだ!!」





瞬間、ギンの全身に衝撃が走った。





逃げる?


誰が?


僕が?


誰から?


ルキアから?





―――――――それは、なぜ?






突如頭の中で霞がかっていた霧が晴れ、ギンはまざまざとあの瞬間の思い出す。










「殺せ。ギン。」



藍染の命令に、ギンは、初めて、心が揺れた。



殺す?


誰を?


ルキアを?


誰が?


―――――――僕の、手で!






出来ない。



と、


思った。






ルキアを亡くすなど、



とても出来ない。




この手で屠るなど、



想像もしたくない。






しかし、



命じられた。




自分にとって、神のような存在の主に。



ルキアを殺せと、命じられてしまった。



それに、背くことは出来ない。



すれば、主は自分以外の者に、同じことを、命じるだけだ。





それくらいなら、せめて自分の手でルキアをーーーーー?





一瞬のうちに様々な想いがギンの中でひしめき、唸り、叫び声をあげた。



「・・・しゃあないなァ。」



その一瞬の声を無視して、ギンは柄に手をかけた。


想いは定まらず、それでも鞘から剣を抜き出した。





殺せ。殺せ。殺せ。





藍染の声が頭の中で鳴り響く。





「射殺せ」





誰を?誰を?誰を?





内なる声が、頭の中で鳴り響く。







(ホントウニルキアヲコロスノカ?)







「『神鎗』」





ギンはその声を振り切るように、いつもより厳しく神鎗に命じた。



殺すのだ。


誰を?


もちろん




ルキアをーーーーーー!!!!










でも、





出来なかった。





ギンの心の中に産まれた躊躇は、その事を許さなかった。






殺せない。





ルキアを殺すなど、





出来ない。





ルキアが死んだら、


自分も、死ぬ。



自分の心が、死んでしまう。





死んだまま新世界を創造して、そこからなにを得られるのか。



ルキアを失い、それでも得るものになんの価値があるのか。



ない。



そんなもの、なにもない。






ルキアを失うなど、神を失うより耐え難い。



ならば、殺そう。



ルキアを殺せと、命じる神を。


この手で、葬りさろう。






たとえ世界が闇に堕ちても、この娘は失えない。







自分の隠れた想いを知り、ギンは呆然と目を見開いた。







そして虚ろな瞳で、ルキアを見やる。




ルキア。




この娘を。






僕は、



誰よりも、



何よりも、



神より、



新世界より、








愛して、いたんだ。





※2008.11.1

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