ギンはやけに細長い窓から覗く空と丘を、座ったまま見るともなしに眺めていた。
なにもないここでは、それ以外にすることもない。
これが、ルキアが見ていた光景か。
本来ならば処刑まで14日を切った罪人が入る特別な牢だが、
ギンのような隊長クラスの罪人は初めてで、最初からこの牢へ投獄されていた。
罪 3
ルキアが着ていたものと同じ白衣一枚の姿で、ギンは煩わしげに首につけられた拘束具を引っ張ってみる。
当然そんなことで取れる訳がない。
圧倒的な霊力も封じられ、今ではすぐそこにいる死神の霊圧を感知する事も出来ない状態は、
鼻がまったく効かない犬になってしまった情けない心持でギンは溜息をつき、もう一度丘を見上げた。
自分が藍染を討ったあの丘。
重罪人を業火で焼き払う処刑台。
それこそが、双極の丘。
あの時旅禍の少年に破壊された部分の修繕も済み、自分もまだそこへ張り付けにされる可能性は残っている。
例えギリギリになって藍染を裏切り尺魂界を救った形になったとはいえ、
犯した数々の罪を合わせれば簡単にあの丘行きになるであろう。
「・・・もー、なんでもええから、早よぉして欲しいわぁ。」
ギンはここに篭ったことによって、確実に増えた独り言を欠伸混じりに呟く。
あの事件が終わってから、丁度三ヶ月の時がたった。
ギンは藍染の計画の詳細を事細かに尋問され、素直に話に応じても調書を取るだけで二ヶ月の時間を有した。
その合間にギンの処分を決定する裁判も開かれたが、ギンの裏切りのお陰で藍染の野望を水際で潰えたのも事実なだけに、
どうにもこれといった適当な刑が思いつかないらしく、ギンはルキアも入った牢で毎日ぼんやりと過ごし待つはめになってしまった。
だがギンは、もう本当に自分の身の振り方に全く興味がなかった。
自分のした事が許されることはないだろうが、処刑になろうがどうなろうが本当にどうでもいい。
自分自身の生死にすら興味を失った男は、ただ退屈に毎日を過ごしている。
あまりにも退屈で、ギンは時々あの時の自分を思い出そうとしてみるが、
そうすると頭の中に霞がかったような感覚に陥り、うまく思い出すことが出来ない。
なぜ自分は藍染を討ったのか。
それは何度自問自答してみても、明確な答えはみつからない。
藍染はギンにとっての世界だった。
日の光を全身に浴び、雨を受け風に揺らされ植物が育つように、
幼い頃から藍染の思想に育てられ、今現在のギンがある。
それはギンにとって藍染が存在する神と言っても、大袈裟な話では決してなかったはずだ。
ギンはその神様を自らの手で、屠ってしまったことになる。
それはなぜかーーーーーー?
ギンは両手で頭を抱え、長く重い溜息をついた。
世界を、神を、思い描いた未来までも自分で闇に投じてしまった。
これから、どうすべきなのか?
わからない。
ギンは途方にくれていた。
もう全てが面倒で、どうでもよくなっていた。
自分の中に、藍染の示していた未来以外、何も残るものがなかったのだから。
そして頭をあげ、双極の丘を見つめた。
いっそ、あの丘で焼いてくれたら僕は楽になれるのに。
藍染を亡くした、あの丘で。
自分自身も同じように、亡くしてしまえばいい。
そうすれば、もう余計なことは何も考えなくて済む。
それはひどく素晴らしい思いつきに感じ、ギンは羨望するように丘を見つめ続けていた。
次の審理で提案してみよう。
『僕を、双極で焼いてください。』
無理に生かされる理由などないのだから、それが一番いい。
ギンは少しだけ気が楽になり、長時間座り込み強張った身体をほぐそうと立ち上がり思い切り伸びをした。
ガチャ・・・ガチャ・・ゴッ
扉の方で軋み響く音がして、鍵が開けられた。
ギンは伸びた体勢のまま、空を見上げ太陽の位置を確認してやや眉をひそめた。
いつもの掃除の時間には、早すぎる。
掃除当番はいつもいつも同じ者で、四番隊の席官らしいが見るからに気弱で、明らかに皆に押し付けられてのことであろう。
ギンがからかうと真っ青な顔で狼狽し、ホウキを握って身体を震えさせている。
それはここにいるギンにとって、唯一の娯楽と化していた。
こちらの言うこと全てに、面白いまでに反応する。
それは、誰かの反応にも似ている。
そのつれない誰かさんは、いつもいつも嫌な顔をひた隠し、気丈にギンを見上げていた。
ふいにその印象的な強い瞳を思い出しそうになり、ギンは口元を引き結んだ。
ギッ・・・ギィ・・・・バン!
重々しい音がして薄く扉が開かれ、そして、閉じられた。
足音もせず気配が移動し、牢の前で立ち止まる。
ギンは気分を変えようと、顔も見ないままにわざと明るい声を出した。
「なんや、今日はずいぶん早んやない?また、誰かに使われてきたん?」
だが、気配は動かない。
牢の前に立ち尽くしたまま、ギンの様子を窺っているようだった。
「・・・どないしたん?
なに・・・・・・!!」
動かぬ気配に訝しみ、ギンは振り向き絶句した。
そこにいたのは、もう二度と会うことはないと思っていた強い瞳の『誰かさん』
朽木ルキアが、立っていたのだ。
※2008.9.30