あの瞬間まで、確かに同じものを目指していた。
幼い頃から思想を植えつけられ、
疑問など感じることもなく、なんでも喜んでつき従った。
『正義』なのか『悪』なのか。
そんなことすら、どうでも良かった。
自分を慕う者達すらも欺き、それでも心が痛むことなどなかった。
ただひたすら、示された道を歩むだけ。
そのことに迷いはなく、そこから導かれる見たこともない新世界へ、共に思いを馳せていた。
でも、あの瞬間―――
初めて心が揺れた、あの瞬間。
自分が最も望むものが、
『新たなる世界』
ではないのだと、
知ったのだ。
『 罪 ト 罰 』
罪 1
朽木ルキアを巡る激戦は、双極の丘で繰り広げられた。
そして今、この場で立ち上がっている者は、藍染と東仙、そしてギン。
藍染に組する者達だけだった。
ルキアを護るべく奮起した赤毛の幼馴染も、人間でありながら卍解まで習得した現世の少年も、
親友の信じられない裏切り行為にいち早く駆けつけてきた五番隊隊長の狛村も、藍染の圧倒的な力の前に皆なすすべなく倒れ伏した。
全員かろうじて生きているが、それだけのこと。
皆全身傷だらけで立ち上がることもかなわず、護りきれなかった大切な死神が、
冷徹な顔をした藍染の手により首の拘束具を掴まれ、無理矢理立たされる様をなすすべもなく見守るしか出来ない。
そんな彼等に止めを刺すのは簡単だが、それをしないのはもちろん慈悲などでは決してない。
彼等にそんなことをしてやる程の、価値すらないからだ。
藍染にとって彼等が生き残っていて困ることなどなにひとつなく、
逆に苦しげに呻きつつ恐怖と屈辱に満ちたその視線は、彼の嗜虐性を心地よく刺激していた。
藍染はこの事件にまつわる事の顛末を、深く響く声で朗々と語り聞かせた。
死神の虚化。そして、朽木ルキアの魂魄に埋め込まれた崩玉の存在。
その崩玉を取り出すがためだけに、皆を完全催眠で欺き、通常ではありえない双極でルキアの処刑を行うことにしたのだと。
しかし一護達の働きで処刑が失敗し、藍染は自らの手でその崩玉をルキアから取り出した。
ルキアは完全に胸を貫かれたものの、なんと傷は綺麗に塞がれ、その身体から血の一滴さえも流れ出ずに済んだ。
しかし自分の魂魄に直接触れられ、崩玉を抜き取られたルキアの身体的消耗も激しく、
藍染の手を離れたルキアは逃げ出すことなど出来るはずもなくその場に座り込んでしまった。
意外にもこの行為によってなんの外傷も負わずに済んだルキアの身体を、感嘆しつつも藍染は再び拘束具を掴み引っ張り挙げた。
「君はもう、用済みだ。」
浦原の策略の果て、行方知れずになったルキアを探し出し、面倒な思いをしてまで処刑の手はずを整えたにも関わらず、
事が思うように運ばずに、浦原の過去の研究成果を細かに調べ上げることになったのだ。
虫けらの分際で、どこまで私の手を煩わす。
それは藍染の、浦原とルキアに対する微かな怒りだったのかもしれない。
だから、藍染はルキアをそのままにしておく気はなかった。
「殺せ。ギン。」
名を呼ばれ、ギンは一瞬反応が遅れた。
殺せ。
―――誰を?
もちろん、ルキアを。
ギンの、手で。
―――殺せ!
藍染は笑っていた。
冷ややかな目で、拘束具を掴まれ無理矢理引き上げられながら、
声も出せず恐怖と絶望にただ瞳を見開くだけの憐れな娘を、蔑み侮蔑をこめて楽しげにせせら笑う。
黙って双極で殺されていれば、このような恐怖も誰も傷つくこともなかったのに。
それはなんて愚かなことか。
自分に逆らったその戒めに、ルキアは殺されるのだ。
「・・・しゃあないなァ。」
あまり気乗りせず、それでもギンは神鎗の柄に手をかけた。
殺せ。殺せ。殺せ。
藍染の声が頭の中で鳴り響く。
「射殺せ」
誰を?誰を?誰を?
誰かの声が頭の中で鳴り響く。
「『神鎗』」
ギンはその声を振り切るように、いつもより厳しく神鎗に命じた。
神鎗は迷いなく刀身を走らせ、的のように掲げられたルキアの背中目指してぐんぐん伸びる。
そしてその僅かな時間に、ルキアは後に首を巡らせ、諦めたように迫り来る刃を見やった。
すぐに来る最期の瞬間を待ち、ルキアも周囲の者達もなにも出来ず絶望の時を思う。
ドッ!!
そして刃は、確実に深く獲物の身体を貫く音と感触をギンに伝えた。
しかしルキアを貫くべく放たれた刃は、その身を別の者の身体に深く深く貫き通していた。
ここに居合わせた者達は、そのあまりの光景に皆言葉をなくし、完全な静寂に辺りは包まれた。
地面にひれ伏した一護が。
貫かれるはずだったルキアが。
そして、瞬歩により藍染に気付かれることなくルキアを助け抱いた白哉が。
なにより、神鎗を放ったギンが。
言葉を、失った。
「・・・どういうことだい?ギン。」
沈黙は、藍染の言葉で破られた。
藍染は、眼鏡の奥から瞳を鈍く光らせる。
「藍染様!」
「動くな。」
東仙は叫び藍染の側へ駆け寄ろうとするが、白哉に剣先を突きつけられ、悔しげにその場へ留まった。
神鎗は、ルキアでも白哉でもなく、
藍染の心臓を、完全に貫き通していた。
※2008.9.15