『リモート コントローラー ・2』 (現代パラレル 出会い編5)

吉良との待ち合わせの店にルキアが着いた時、時計は18:45を示していた。
案外早く着き過ぎてしまったが、呼び出しておいて遅れるよりはずっといい。

ルキアは喫茶店の自動ドアをくぐった。
すると同時に効き過ぎたクーラーの冷気と共に店員が寄って来る。

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「いや。待ち合わせを・・・」

すると、ルキアの後方でまた自動ドアが開いたかと思うと、陽気な声が聞こえてきた。


「ルキアちゃーん!もう来たん?早かったんやねぇ。」

「!!なっ・・・き、貴様!なぜ、貴様がここにいる?!」


ルキアはものすごい勢いで振り返り、やはり間違いなくそこに立っている市丸ギンを睨みつけるように見上げる。


「いややなぁ。呼び出したんは、ルキアちゃんの方やろう?」
「私が呼んだのは、吉良殿だ!!!」
「あ、そうやったけ?」


何を言っても真実味のないギンの対応にルキアは苛々とまくし立てるが、ギンは一向に気にしない。


「あ、あの・・・お客様・・・?」
そこで心配顔の店員に口を挟まれ、ルキアは我に返った。
これ以上公衆の面前で醜態を晒すのは得策ではない。

ルキアは一度唇を噛み締めてから、なんとか表情を穏やかに微笑みつつ店員へ話しかける。
「大声を出してしまってすまぬ。・・・待ち人が来たようだから、席へ案内して頂こう。」
「は、はい・・。では、こちらの方へどうぞ。」

戸惑う店員に席へと導かれ、とりあえずルキアは大人しく席に着く。
目の前の席にギンは腰を落ち着かせるより早く、はしゃいだ声でルキアに語りかけた。

「やー。こんな早よぉルキアちゃんに、また会えるとは思ってなかったわぁ。嬉しいなぁ♪」

一週間ぶりの対面に嬉々とした様子のギンとは対照的に、ルキアは溢れる怒りをどうにか押し込め、低い声音でギンを睨む。


「私は、吉良殿と会うつもりだったのだ!なぜ貴様がここにいる?一体、吉良殿はどうした?!」

「イヅルはなぁ。なんや昼に喰うたもんが良くなかったみたいでなぁ。
変な腹痛起こしよったみたいやね。胃薬掴んでウンウン呻っとったわ。可哀想に。」


腹をくだして胃薬を飲む奴はいない。

つまり今夜のことがギンにバレて、ルキアへの自責の念からイヅルは神経性の腹痛を起こしてしまった。という訳だ。


ルキアはキリキリ痛む頭を抱えて、やはり巻き込んでしまったイヅルへ同情する。

店員が水を運んできたので、適当な飲み物をオーダーした。
苦い顔をして黙るルキアの様子にお構いなしに、ギンは嬉しげにルキアへ語りかけてくる。


「そしたらルキアちゃん!ここ出てどっかに美味しいものでも食べにいかん?」

負けじとルキアもギンの言うことには無視を決め込み、小さな声で呟いた。
「・・・貴様が来てしまったものは仕方がない。ならば早々に用件を済ますことにしよう。」


そして手にしたバックから白い封筒を取り出し、ギンの前へと置く。
ギンはきょとんとその封筒を見つめた。


「なんやの?婚姻届?」

「ばっ!莫迦な・・・っく!・・・これは、この前借りたのタクシー代金だ。」
ふざけたギンの物言いに、一瞬熱くなってしまったが、それでもルキアはなんとか堪える。

「なんや。そんなん気にせんでええのに。」

「それから・・・この前絡まれた時は、助けてもらっておきながら、礼も言わず失礼した。
すまない。本当に助かった。」

そう言うとルキアは律儀に、深々と頭を下げた。

ギンはなにかと腹が立つ輩ではあるが、助けてもらったことに変わりはなく、
そのことに対し礼儀を欠くのはルキアの主義に反する。


しかしギンは目の前に下がってきたルキアの頭部のつむじを、人差しで軽く押した。


「ルーキアちゃんの、可愛ええつむじ、見ぃつけた♪」


「!!な・・・貴様!!なにをする?!」


ルキアは真っ赤になって勢いよく顔を上げ、とうとう怒りに声を張り上げた。


すると目の前のギンは、僅かに目を見開きにやりと微笑む。



「僕相手に無視したり冷静でいようなんて、思わんことやね。


ルキアちゃんがガタガタになるまで、揺るがしたるよ〜」



「!!!・・・なっ!」

ギンの態度にルキアは思わず大声をあげそうになったが、
そこへ飲み物が運ばれてきたことで、ルキアはなんとかなんとか気持ちを抑える。


店員が二人の元から去ると、ルキアは声を抑え気味に、それでも瞳を怒らせギンを睨む。



「・・・なんなのだ貴様は!この間から変に私に絡みおって!そんなに私が気に入らないのか?!


ならばなぜわざわざここに来た!貴様のすることは私には理解できず苛々する!!」

ルキアは本来礼儀や礼節を重んじる温厚な性格で、このように簡単に人に声を荒げたり怒鳴りつけたりタイプではない。

それなのに、ギン相手ではうまく感情のコントロールが効かなくなる。
ルキアの嫌がるツボを心得ているかのように、厭らしい手つきで神経を逆なでされるように感じさせた。



どれだけルキアに怒鳴られても気にしなかったギンは、
初めて少々困惑した表情で口元に運んだカップを取り落とす勢いで顔をあげた。



「えぇ〜?何言うてんの?ルキアちゃん。ほんまの本気で、そないなこと言いよるん?」



声量こそきにしつつも、ルキアは目一杯の思いを込めて叫ぶ。

「当然だ!!!」




ギンは溜息をつくと、カップをソーサーの上に戻す。
そして顔を逸らしたまま、やや拗ね気味に呟いた。



「全然逆やん。

僕、ルキアちゃんに会うた時に、ちゃんと言うてるはずやのに〜」



「・・・どういうことだ?」



訝しい表情のルキアの瞳をしっかり見つめ、淀みなくギンは言う。



「僕は、ルキアちゃんが好きなんやけど。」




しかしルキアも、ギンの言葉を淀みなく撥ね付けた。


「品のない、嘘だな。」




鉄壁な態度のルキアに、ギンは薄く笑いを浮かべ、それからやけに寂しげな声で呟いた。


「せやから、嘘、ちゃうよ。ほんまの本気。



こんな気持ちも初めてやから、自分でも、信じられんくらいやもん。





・・・ルキアちゃんが信じられん気持ちもわかる気ぃはするけど、僕は、ほんまに本気。」






言うなりギンはテーブルの上に出ているルキアの手を取り、
その手の甲に唇を押し付けると、そのままの状態でルキアを切なげな瞳で見つめる。






「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」


この前と同じような展開に、ルキアはもうあげる声すら失い、真っ赤な顔で必死になって手を振りほどいた。





そしてこの行動は周囲の人達に興味深げに観察されていることを感じ、ルキアは慌ててバックを探る。


もう、用件は済んだのだ。
ここにいなければならない、理由などない。



ルキアは一口も口をつけていないアイスティーの代金を投げ出すようにテーブルへ置き、立ち上がる。

「・・・よ、用件は済んだ!私はこれで失礼する!」



しかしそこで逃してくれるほど、ギンは甘くない。



立ち上がると同時に再びルキアの手を掴み、怯えた表情で見下ろすルキアににっこり微笑む。


「そしたら、ルキアちゃんの携帯番号とアドレス教えてな♪」

「・・・私が、貴様に教えると思っているのか?」


ルキアはすげなく言い捨て、もう一度手を払いテーブルから数歩離れた。



「教えておいたほうが、ええんやないかな〜♪」

その背中になんともワザとらしいギンの言葉が聞こえ、その響きに不穏なものを感じ、ルキアは立ち止まり振り向いた。



「・・・どういうことだ?」



強張った表情のルキアに、挑発的に柔和な笑みを浮かべたギンはコーヒーを一口飲み、それからゆっくりと話し出す。


「イヅルはな。ちょっとしたことですぐ腹痛起こしよるん。・・・今日みたいになぁ。」


「・・・だ、だからなんだ!」



そしてギンの目が開き、企みに満ちた鋭い視線がルキアを射抜く。





「もし僕がどこからか、ルキアちゃんの番号入手したら、
入手先のその人は、自分のせいやってずいぶん気に病むんとちゃうかな〜思うただけ♪」


その言葉の裏に隠された意味を、ルキアは瞬時に感じ取った。




『ルキアちゃんが教えてくれへんなら、イヅルから聞き出すだけや。そしたらイヅル。
自分のせいでルキアちゃんに迷惑かけた思うて、まぁた腹壊すくらい、神経病んでしまうかもしれんねぇ♪』






「きさ・・・!そ、それは脅迫ではないか!!」



「脅迫?そんなんちゃうって。心配しとるだけや。

・・・どうする?僕は、どっちからでもええんやけどね?」




まるで二者択一であるかのような口ぶりだが、ルキアに選択権などはなからない。

ルキアにはこれ以上自分のせいで、吉良に迷惑をかけることなど出来はしない。


ルキアは悔しげに唇を噛んだまま、踵を返して席に戻る。
そして無言のまま紙ナプキンを取り出し、律儀に携帯電話のアドレスを確認しつつ書き写す。



ギンはにやにや微笑みその様子を眺めながら、嬉しげに言う。

「あ。言うとくけど、着信拒否とかせんほうがいいよ。イヅルが携帯なくして困ることになるから。」

『僕の番号で通じんのやったら、イヅルの携帯取り上げて連絡するからなぁ。
そんなんしたら、イヅルは困るやろぉねぇ?』



「!!貴様・・・!どこまで吉良殿に迷惑をかける気なんだ?!貴様の後輩なのであろう?!」


「だってしゃーないわ。ここまでせんと、ルキアちゃんなんやかんやで、僕から逃げ出す気満々やん。」


「!!・・・っく!」





最早吉良は完全に、ルキアにとって人質になってしまった。

ギンは常に吉良の喉元に刃物をつきつけたまま、ルキアへあれこれ要求し、


完全に蛇に絡みつかれた憐れな獲物のように、ルキアは隙なく締め上げられる。


ルキアは自分のために他人が被害を受けることをなによりも嫌う性質を、ギンは的確に見抜いていた。



そしてルキアは敗北の証明とばかりに、番号を書き上げたナプキンをギンの方へ放りだした。



「・・・これで良いのであろう。」


するとギンは心底嬉しそうにそれを大事に胸ポケットへしまいこみ、伝票を掴んで立ち上がった。


「そしたらもう出よか?何食べたい?なんでも奢ったるし〜♪」

「・・・何故、貴様と食事にまで行かねばならんのだ?!」

「折角会うたのに、このまま帰す程僕は野暮やないよ。食事くらいええやろ?」

「・・・断れば、吉良殿を立てにするのであろう?」

「なんやバレてるん?そしたら行こうや。」



全く悪びれもせず、楽しそうにギンは笑った。

 

 

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gin top

※調子に乗ってばんばんギンを嫌いにさせていますが、このままいって本当にルキアはギンを好きになるのでしょうか・・・?心配です。(他人事)
もっと言えば、この連載はノリで書いています。書き上げるとたいして読み直しもしないまま更新しているような状態で、話の前後をそれ程気にしていません!(え)
『空蝉』は全体の流れを考えてから書いてたのに・・・シリアスじゃないし、萌えを追求しよう!のノリって恐い!
どうすればルキアがギンを好きになってくれるかはわかりませんが、どうすればルキアが嫌がるかだけはわかります(ギン気質)
またこれをまとめようとして、得意の強引無理矢理展開に発展するだろうな・・・きっと・・・(やっぱり他人事)

ちなみに、ここまで調子よく更新出来ましたが、今後の展開がまだ思いつきません。
なので別のお話を書いてみようと思ってますので、次回は少し間が空いてしまいますがそんな感じで宜しくお願いします・・・!
2008.9.12

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