『 同 じ  夜 』 (現代パラレル 未来編6)

タクシーの乗務員に手伝ってもらい、ルキアはなんとか部屋までギンを運び込む。

「・・・市丸。大丈夫か?自分で、着替えられるか?」

ルキアはリビングでとりあえずギンの上着を脱がしネクタイを外すと、
脱衣所に置いてあったタオルを持ってきて、濡れそぼったギンを包んだ。

「・・・ん」

熱で朦朧としながらもギンは小さく頷き、
ゆっくり立ち上がると奥の寝室へふらふらとした様子で入っていった。

ルキアはそれを確認してから、急いで台所へと向かう。

台所もリビング同様、とても綺麗に片付いていた。
意外なことだが、結構綺麗好きなのかもしれない。
しかし、料理はほぼしていないらしく、調味料やフライパンの類が一切ない。
あるのは、ヤカンと片手鍋と少量の食器とグラス程度の簡素なものだった。

「タオルと・・・洗面器に・・・氷は・・・十分だな。」

都合よいことに、冷蔵庫は勝手に氷が出来るタイプのものだった。
タオルはすぐに分かったが、洗面器を求めて風呂場に入ると洗面器がなく、ルキアは困って辺りを見渡す。

「洗面器の変わりか・・・なんでも、いいのだが・・・」

ルキアは台所に戻り、辺りを探った。
すると小さなボウルがひとつ出てきて、早速それに水を満たし、
氷を入れた時、寝室の方からドタッという音が聞こえてきた。

「?!!市丸!どうした?大丈夫か?」

ルキアが慌てて寝室へ飛び込むと、ギンは下だけパジャマの格好で、ベット手前の床に倒れていた。
服を着ていると痩せすぎる程細く見えていた身体は、剥き出しになると程よく厚い筋肉がついてる。

上半身裸のギンの姿に、ルキアは瞬時に頬が熱くなるのを感じたが、
今はそれどころではないと自分に言い聞かせ、すぐさま側に駆け寄った。

「お、おい!市丸!!具合が悪いのか?救急車を呼ぶか?」

「・・・床が、グニャグニャしとるから・・・うまく、歩けんよ〜」

熱っぽいが、呑気な声にルキアの緊張はやや解けた。
思った程、具合は悪くはないようだ。

「そうか。・・・本当に、大丈夫なのか?」

「・・・すまんけど、肩、貸してくれへん?」

「あ、あぁ。いいぞ。掴まれ。」

慌ててルキアはギンの腕を掴み体中でギンの長身を支えるが、
その時、引き締まった素肌に密着した上に熱で熱くなった男の体臭を感じ、
ルキアは余計に意識して頬が熱くなっていくの止めることができない。

(・・・相手は病人だ!い、一体私は、何を考えている?!)

男に対してまるっきり免疫のないルキアには刺激が強く、
恥ずかしさに耐えながらも、なんとかギンをベットへと導いた。

ギンを布団の中に収めてから、ルキアは聞いた。

「・・・市丸。上はどうした?なぜ着ない?」

「普段はぁ〜これで、寝とるんよ。」

「熱がある時くらい着ておけ!上は、どこにある?」

「んん〜?・・・どこやったかなぁ。・・・たぶん・・クローゼットの・・・下の棚、辺り・・でも・・・」

壁に設置されている大きなクローゼットを見て、ルキアは近づいた。

「開けて探すが、よいな?」

「・・・好きにして〜」

了解をとり、そこを開けてみると、スーツだけはきちんとかけてあるが、
あとは乱雑に押し込まれた服が、棚からはみ出しところどころ散乱していた。

白哉兄様のあの完璧に片付いた部屋には及ばす、それでも恋次よりはずっとマシに見える。
洗濯済みと汚れ物がそこらに散らばる、あいつの部屋はゴミためのようだ。

あまり使われていないような下の棚を探すと、ほどなくパジャマの上だけ見つけることが出来た。

「見つけたぞ!とにかく着ておけ!・・・ほら、起きれるか?」

「・・・ん〜」

ギンはだるそうにしながらも、ルキアの言うことに素直に従い、なんとか起き上がろうとするのをルキアは助けた。
そして腕を通すのを手伝い、続けてボタンをつけてやる。

「・・・んふふふっ」

その途中でギンが妙な笑い声を出し、ルキアは気味悪そうにギンを見上げた。

「・・・なんだ?具合が悪いのか?」

「ちがうんよ〜。・・・ルキアちゃんに・・・着せてもろうてるのが・・・嬉しゅうてぇ・・・」

ギンに熱に浮かされた赤い顔でにへにへと笑われ、ルキアはかぁ〜と顔が赤くなるの。

「・・・そ、そんなへらず口が叩けるなら、思ったより心配ないな?!大人しく寝ておれ!!」

ルキアは恥ずかしさを誤魔化すように、やや乱暴にギンを布団の中に倒し、布団をかけた。

「たぁっ・・・!も〜なにするのぉ・・・病人なんやし、優しゅうしてやぁ。」

嘆くギンを取り残し、ルキアはエアコンを使って部屋を暖めてから、ずんずんと寝室を後にした。
しかしルキアはすぐに戻ってきて、冷たいタオルをおでこに乗せる。
その冷ややかさにギンは深い溜息をつき、子供のようにニッコリと笑い嬉しげにルキアを見上げた。

「・・・市丸。寝る前に何か食べた方がいい。この家に、米と薬はないのか?」

「米は買うとらんよ。・・・薬は・・・そこの、サイドテーブルの二段目に・・・」

「そうか。ならば、何か買ってくるか。近所に、コンビニはあるか?何なら食べれそうだ?」

するとふうふうと荒い息をしていたギンが、突然力強い声で叫んだ。

「あかん・・・!」

「え?」

「こないな時間に、一人で外、出たらあかん。・・・なんもいらんから、側におってや。」

「・・・でも、なにか食べないと・・・」

「台所にバナナ、あるはずやし、それ食べて薬飲む。せやから、今夜絶対この部屋出んといて・・」

「・・・わかった。では、まっておれ。」

ルキアはバナナと薬を飲む為の水を準備し、寝室へ戻る。
ギンは大人しくバナナを食べ、薬を飲むと、横になって間もなくすぐに寝入ってしまった。

ルキアは脱ぎ散らかされた服の後片付けをしてから、夜中に喉が渇くかもしれないと、
サイドテーブルに水を準備し、タオルを絞りなおしてから部屋の電気を消し、柔らかな光源の小さなスタンドを点けた。
それから傍らに座りこむと、眠るギンの顔を見つめた。

いつもいつも人をこ馬鹿にしたように笑っている顔が、今は苦しげに呻いている。
その様子にルキアは、いい気味だ。と思えることもなく、ただ悲しげにギンを見つめた。


一体どうして、私のために、ここまでしてくれたのだろう?
出会って間もなく、お互い知りえない事の方が圧倒的に多いはず。

そしてすぐに、ギンの言葉が胸の中で甦る。

『心を掴まれた。』

心を失くしていた私に、ギンは心を掴まれたと、言って、くれた。

本当に?こんな、私なのに?

嬉しいような、切ないような。
胸の奥が疼くような不思議な気持ちで、
今まで味わったことのない思いで、ルキアはギンをじっと見つめる。

ほんの数時間前には、本当に、もう二度と会わない。
会えないものだと、思っていたのに。

今私は、再びこの部屋に居る。
眠る奴の側に、私が、居る。

それは、許されることなのか?

許されないことなのか?

また、答えの出ない迷宮に入り込みそうになり、
ルキアはフッと視線を落とした。

すると視線の端で微かにギンの表情が歪んだように見え、ルキアは慌てて顔をあげた。

ギンは先程より身体が震え、苦しげに見える。

「・・・おい、どうした?苦しいのか?」

ルキアが小声で語りかけると、ギンは、呻くように言った。

「・・・寒いんやぁ・・・」

発熱しながらも身体が寒くて仕方がない。
皆経験あるであろう熱風邪の症状に、かける布団をさがしたが一枚も見つからず、
ルキアはどうしたものか途方に暮れた。

部屋はエアコンで確実に暖かくなっていたが、ギンの身体の震えは止まらず、見ていてとても痛々しい。

他に何か手立てはないか、ギンを暖める方法を考えルキアはしばし悩む。
深夜でも営業している店に行き、湯たんぽでも買って来るべきか。
しかし、今ギンの側を離れるのは忍びなく、またギンから部屋を出るなと言われた事も思い出す。

ルキアは硬く瞳を閉じ、そのまま一度、深呼吸してから瞳を開け決然と顔を上げた。

ルキアは再びクローゼットを静かに開けると中を物色し、
着古し色あせたシャツを一枚と、ハンガーを一本取り出す。

それからルキアは、ゆっくりとした動作で濡れた自分の服のボタンを外し、
全て外し終えるとその服を足元に落とした。




外ではまだ雨が降り続いていたが、ルキアがそれに気付く事なく、雨降る夜は静かに更けてゆく。

 

 

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gin top

※2009.1.17

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