『 病 床 パ ブ リ ッ ク 』 (現代パラレル 未来編2)

ルキアは小さな図書館に勤めていた。

朽木財閥のお嬢様でありながら、家の会社に入ることがためらわれ、
自分の力だけで生活したいと就職を決め、大学で図書館司書の資格を取り実家を出ていた。

しかし住む家だけは防犯面の対策で、朽木家の用意したマンションへ住んではいるのだが、
部屋数が2つだけの、大財閥の娘が住むにはやや小さめの間取りであったが、ルキアはとても満足していた。
しかもそのマンションに住む者達は皆、朽木家の会社の者など息のかかった人達ばかりで、
ルキアの住んでいる階どころか、全階身元のはっきりした信頼のおける者達だけを住まわせ、
ルキアの住む階は女だけで、その上下を腕利きの男達を数多く住まわせる徹底ぶり。

それ以外はごく普通の生活で、ルキアは日々静かで穏やかに過ごしている。

ルキアが図書の受付担当をしていると、声をかけられることもしばしばあった。

それは中学生からサラリーマンと年代の幅も広く、
ごくたまに幼稚園児や還暦を過ぎたおじいちゃんからも、お茶の誘いをかけられることもある。

しかしルキアはいつも淡く微笑み、しかし頑なな姿勢で誘いを断る。
(しかし幼児と老人へは、もう少し対応は優しい)

たまにしつこく食い下がる輩もいたが、ルキアも辛抱強く断り続けた。
嘘でも彼氏がいるとは言いたくなくて、そのせいで随分面倒な事態も起きたりした。

ルキアはあの海燕への誓いがある限り、誰も寄せ付けず今日までやってこれたのだ。

しかし、あの夢をみた日から、大きな氷塊のような罪の意識は砕け溶けだし、以前のように鉄壁の姿勢を貫くことが難しくなっていた。
氷が溶けることで凍らせていた心が現れた。
そんな感じなのかもしれない。

とにかくルキアが心を取り戻してから初めて、ルキアは男に声をかけられた。

「これ、お願いしまーす。」

二十代半ばくらいだろうか。
真っ黒な短髪の男はギターに関する書籍を一冊、貸し出しカード作成用紙と共にカウンターに置いた。

「はい。・・・それでは少々お待ち下さい。」

ルキアはカウンターで書いていた書類を脇に寄せ、それから男の出した本を手に取り、
仕事中だけかけている眼鏡を軽く押さえてから、必要事項に漏れがないかチェックをするべく用紙を手に取り動きを止めた。


『一緒にお茶でも。』


用紙には住所や氏名『檜佐木修平』の他に、
短いながら完全に趣旨を表す常套の誘い文句が目立つように書かれてあり、ルキアは少し狼狽して男を見上げた。

修平は三白眼の鋭い目つきを可能な限り愛想よく緩ませ、ルキアの反応をしっかりと見守っている。

ルキアは慌てて顔を伏せ、いつも通りの手順で貸し出しカードを作成してから、
本についたバーコードを読み取り、返却日の記された紙を一緒にして修平へと渡す。

「・・・返却は今日から二週間後になります。外の返却ポストへ投函して頂いても構いませんので、期日は厳守でお願いします。」

「へーい。了解。」

ルキアは俯き加減にやや頬を赤く染めながら、ぼそぼそと型通りの言葉を並べた。
本を受け取った修平は上機嫌に頷く。

それから素早く後方に人が並んでいない事を確認してから、小さな声でルキアに囁きかけた。

「それで、あの件はどうなんスかね?」

ルキアは顔を伏せたまま、小さな声で呟く。

「・・・申し訳ございません。こういったことは、御断りさせて頂いております。」

しかし修平は諦めず、なおもルキアに言い寄った。

「なんで?」

「・・・仕事中です。」

「仕事中?んじゃもうお昼だし、ランチでも一緒に。奢りますよ?」

「・・・お弁当が、ありますので。」

「いいっすねぇ〜お弁当!今日は暖かくて天気もいいし、そこの公園で一緒に食べましょう!」

修平は突破口を見出すべく、粘りながらなんとかルキアの言うことに食い下がる。

ルキアは困った。
修平を気に入ってこのような隙だらけの断り方をしている訳ではない。
今まで誰にも触れさせなかった心が顔を出し、以前のように人を人とも思わぬような、鉄壁の対応が出来ないようになってしまったからだ。

誰に対しても強固に築いていた壁が突然取り払われた状態に、ルキアはまだ慣れていない。
ルキアはどう対処すべきか悩みながら、消え入るような声音で、必死になっていい訳をする。

「先約が、ありますので・・・」

それは明らかに嘘であり、修平は思わず苦笑を漏らす。
本当に先約があるなら、一番先にそれを言えば良かったはずなのに。
修平はもう一押しとばかりに、カウンターからルキアの方へ身を乗り出し、熱心に語りかけた。

「先約かぁ。だったらそっちが終わるまで俺、公園で待ってますよ?」

「え?!あ、あの・・・こ、困ります!」

ルキアは狼狽しきった顔で顔をあげ、自信満々に微笑む修平としっかりと見合ってしまった。
すると修平はとどめとばかりに、ルキアに言った。

「じゃあ誰と予定あるんですかね?教えてもらえます?」

「・・・!」

修平の笑顔はルキアの嘘を見破っていると言っているようで、ルキアは思わず息をのむ。
修平は自分の勝利を確信し、隙を見せたルキアにここぞとばかりに畳み掛けた。

「・・・それじゃ、公園で待ってます。絶対、来てくださいよ?」

強引な約束を勝手につけられ、そのまま修平が身を翻そうとするのを見て、
慌てて何か言おうとルキアが口を開きかけた瞬間だった。



「あかんよ。僕が先約や。」



ここにいるはずのない声が聞こえ、一瞬幻聴かと思ったルキアは反射的に周囲を見渡した。


修平も突然の第三者の参加に驚き振り向くと、
真っ直ぐにルキアに向かってくるスーツ姿のギンを見つけた。
頬には、小さな絆創膏が貼られている。



「・・・お前、なぜ、ここにいる?!」


ルキアは叫びながら思わず立ち上がり、信じられない思いでギンを見つめ、ギンはとても嬉しそうにルキアに微笑みかけた。

「ルキアちゃん久しぶり〜♪今日は一緒にお昼しよう言うてたやん。僕とこほかして、浮気する気やったん?」

「な?!何を莫迦なことを言う?!う、浮気もなにも、貴様と私は関係ないではないか!!」

「いけずやなぁ。この前、あんな事までした仲やのに。・・・忘れた言うなら、ここで再現してもええんよ?」

「!!!ば・・・この、莫迦ものが!!」

ギンの出現に、しばし唖然とした修平だったが、ここで引いては男がすたると、ギンに向かって声をかける。

「お・・・おい!あんた後から来てなんだよ?!こ、この子には俺が先に・・・!」

するとギンの動きがピタリと止まり、前を見たまま小さく呟く。

「・・・そうやった。そうやった。僕としたことが、ルキアちゃんに会えた喜びで、危うく見逃すとこやったなぁ・・・」

「・・・?な、なにブツブツ言ってんだ?!だから!俺が先なんだ・・・・!!」


ブワッ


強烈な風と共に大きな手のひらが、修平の顔を叩き付けんばかりの勢いで差し立てられ、鼻先にぶつかる寸前で止まった。
修平の視界は目の前に立てられた手に完全に遮られ、その威圧的な雰囲気に言葉を失う。


「ここは図書館や。あんまり大きい声出したらあかんよ。周囲の迷惑になるやん。・・・そうやろう?」


いつの間に詰め寄られた、間横に迫ったギンの顔。

低く響く凄みの効いた声音に、修平は顔から血の気が引くのを感じ、必死になって小刻みにコクコクと頷いた。

「それから・・・君、ルキアちゃんに何してん?
・・・事と次第によって、僕に付き合ってもらわんと、いかんようになるんやけどなぁ?」


まさに蛇に睨まれた蛙。

圧倒的な力の差を直接肌に感じながら、修平は目の前で笑う男の目が、
全く笑っていないのを読み取ると、背筋に寒気が走り、恐怖に身体が硬直する。

「・・・いい加減にしろ!貴様!他人に迷惑をかけるでない!!」

しかしここでルキアがギンの腕を取り修平から引き剥がすと、
圧力に押しつぶされそうになっていた修平は、解放感に思わずほーっと深いため息をついてしまう。

「えぇ?そやかて、大声出したんわ、僕やのうて、こいつとルキアちゃんの方やんか〜」

「な?!わ、私は、迷惑行為を注意しているのだ!」

「えらい言い訳考えるんやね〜。そっちが先に大声だしといて、そんなん卑怯やと思うけど〜。」

「だ、誰が卑怯だ?!大体貴様が・・・!」

二人の注意がそれた隙に修平はそそくさとその場を逃げ出し、
普段物静かなルキアの大声を聞きつけ、驚いた同僚が何事かと駆けつけてきた。

「どうしたの朽木さん!そんな大声だして。・・・この方が、どうかしたの?」

先輩の七緒に声をかけられ、ルキアは瞬時にここが職場であることを思い出し、顔を真っ赤にしてすぐに頭を下げた。

「す、すみません!!・・・ちょっと、驚いてしまったものですから。
あ、あの、なんでもないです。すぐに帰ってもらいます!・・・あの、少しだけ出ても構いませんか?」

七緒は心配そうにルキアとギンを眺め、それからルキアへ声を潜めて耳打ちする。

「出るのはいいけど。・・・本当に大丈夫ですか?危ない人なら、警察を呼びますが・・・」

「い、いいえ!そうではないんです!あ、あの・・・なんというか・・・」

「僕、ルキアちゃんの幼馴染ですぅ。
ルキアちゃんがこーんなちっさい時に会うたきりやったんですけど、久しぶりにこっちに戻ってきたもんやったから、
大きゅうなったルキアちゃんを一目見とうて、思わず職場まで押しかけてしまったんですわ。」

「はぁ?・・・そうですか・・・?」

思いがけぬ展開に、どう弁明すべきかしどろもどろになるルキアに代わり、
横から顔を出したギンは七緒に、まるで事前に準備でもしていたかのように、淀みなくスラスラと嘘を並べ立てた。

「突然やったもんやから、そらルキアちゃんも驚くわ。ほんまにごめんなぁ?
そしたら少しだけ、ルキアちゃん借りていきます。ご迷惑おかけして、えろうすんませんでしたー。」

七緒だけでなくルキアまでもギンの言葉に唖然とし、しかしギンは気にもせずそのままルキアを伴い笑顔で図書館を後にした。

 

 

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gin top

※図書館司書になりたかったです。今は全然レベルで読んでませんが、昔は読書が大好きで、ずっと読んでいたものです。
当然、図書館司書さんのお仕事がどんなものか知りません。なのでこれまたこんな感じ?の想像で書いております。
取材不足スミマセン。ご都合主義で今後も進んでいきますよー☆

あと修平は、前回の話で登場させ、案外書けたかも?!と勘違いしてしまったので、また脇役で使わせて頂きました。
初登場の七緒ちゃん!実は大好き☆なのにあんまり七緒ちゃんらしく話せてない感じがして、少しガッカリです。
2008.12.6

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