『 闇に 降る 雨 2 』 (現代パラレル 過去編6)

雨が降る。


シトシトと、泣いているような。


一雨ごとに、冬の寒さを連れて来る。


凍えるように、冷たい。





雨が。

 

 

時間は昼過ぎ。確か一時は過ぎていた頃だ。
秋の爽やかな空気が満ちるようになり、雨が降るたび気温が冷え込みそろそろ冬を感じさせてくる10月の末。
何をしに出たかは、よく覚えていない。
確かアイスか菓子か、その類の何か欲しくなりコンビニに向かったかもしれない。
それぐらい、どうでもいいような用事の為に家を出た。



大きな通りの歩道橋をあがりなんとなく歩道を見下ろすと、突然見慣れた後姿を見つけた嬉しさに、
ルキアは大きな瞳を輝かせ、慌てて手すりに飛びつきそこから大きな声で呼びかけた。




「海燕先生!!!」



車道に車があまり走っておらず、ルキアの声はすぐ届き呼ばれた男は声は足を止め後ろを振り返る。
ルキアは手すりにしがみつき、また大きな声で叫ぶ。

「海燕先生!こっちこっち!!」
するとようやく気がついた男はこちらを振り仰ぎ、ルキアの大好きないつもの笑顔を浮かべた。


「おう!朽木!!どこ行くんだ?先生は、愛する奥さんとデート中だ!!!」


恥ずかしげもなく大声で叫び無邪気に笑う大男の隣で、とても綺麗な女性が楽しげにくすくすと笑っている。

つられてルキアも満面の笑みになる。


この先生はいつでもそうだ。

明るい太陽のようで、見ているだけで楽しく暖かな気持ちになる。



志波海燕はルキアの中学の担任だった。


お嬢様学校には不似合いな大雑把な性格ながら、その明るさ優しさで学校中の人気者であった。
かくゆうルキアも海燕のファンであり、秘かに想う初恋の人でもあった。

始め校風にも同級生にも馴染めず、孤立しがちだったルキアに声をかけ、いつも気にかけてくれたのも海燕だった。
1年も2年も担任で、いつの間にかルキアはクラスメートとも無理なく接することが出来るようになっていた。
それはもちろん海燕のお陰で、ルキアは海燕に対し、深い信頼と愛情を抱くようになっていた。

しかし海燕は結婚していた。

奥さんの都は、聡明で優しく見た目も美しい完璧な女性であった。
保育士をしている彼女は常に子供の事を気にかけ、同じように旦那を気遣った。
よく二人で出掛けているところに遭遇し、ルキアもすっかり都と顔見知りになっていた。


素敵な海燕に完璧な都。


まさに絵に描いたような理想の夫婦像に、ルキアはいつも羨望の眼差しで二人を見ていた。



自分も都のように完璧な女性へ成長し、海燕のように素敵な男性と恋に落ちたい。



それは中学生のルキアのみていた、最高に素敵な将来の夢でもあった。

今日のように今にも雨が降り出しそうなどんよりと曇った日でも、二人の周りだけ陽だまりのように暖かいような気さえしてくる。



「先生!今日は私もデートに混ぜて下さい!!」
ルキアはふざけてそう返すと、海燕は笑顔で頷く。


「よし!いいぞ!三人でデートしよう!!」


「本当ですか?!」

いつもなら邪魔するなと言って断られるのに。
珍しいその答えにルキアは手すりを掴んだまま、嬉しさのあまり無邪気にぴょんと一回その場で跳ねた。



じゃあ今行きます。

ルキアはそう叫び、走って二人の元へ行こうとした時だった。




ギュルルルルル




突然タイヤの軋む激しい音が鳴り響き、驚きでルキアは道路を見渡した。


しかしルキアの見ている方向には何もなく、どこから聞こえているのか周囲を見渡す。

その時だった。




ギュララララ・・・・



「!!あぶな・・・!!!」





再び高い音が先程より近くで響き、その音の間に海燕の叫びが聞こえた。



そう思った瞬間。





ドン


ガシャアァァァン






信じられない程大きな音が周囲に響き、何かにぶつかり壊れる音とそれを見ていた人達の悲鳴があがる。



大型のトラックが歩道へ突っ込み、つい今さっきまで海燕と都の居た場所にその大きな体が横倒しになっていた。





ルキアは何が起こったのかわからず、呆然と眼下に広がる信じられない光景に目を奪われた。





それからハッと我に返ると、震える手で手すりを握り小さな声で呟いた。





「・・・海燕・・先生?」





トラックの周りはたちまち人が集まり、たくさんの声があがり、辺りは騒然とした雰囲気に包まれた。



「海燕先生・・・!」



本当はすぐに海燕達の居た場所へ駆けつけたい気持ちはあったが、
なんとも言えぬ嫌な予感にルキアはその場を動くことが出来ず、先程よりは高い声で呼びかけるが、答えは返ってこない。



そして、たくさんの音の渦の中から、絶望的な声が聞こえてきた。





「トラックの下に、人がいるぞ!!!」





ガン





頭部を鈍器で殴られたような感覚に、ルキアは眩暈を感じ手すりに寄りかかる。





まさかそんなそんなはずはどうして嘘だだって志波先生がーーー?





嫌な汗が溢れ、視界が暗くなっていく。



眩暈と共に吐き気を覚え、ルキアはたまらずその場にしゃがみこんだ。



それでもルキアは小さな希望は捨てきれず、きっとどこかに避難している。

志波先生はスポーツ万能ではないか。

咄嗟に飛びのいたに違いない。


そんな思いを抱き、必死になって自分を奮い立たせようとした。






それなのに。





「・・・男と女だ。・・・これはもう、ダメだ。」





あまり大きな声ではないはずなのに、この騒音の中誰かの呟きがやけにハッキリとルキアの耳に届いてしまった。





ポツ・・・ポツ・・・ポツ・・・



ルキアより先に暗い雲に覆われた空は、耐え切れず涙を流す。



その涙の雫は冷たく、ルキアの頬を濡らしていく。





ザーーーーーッ・・・



そして間もなく雫は糸になり、地上に絶え間なく冷たい雨を降り注ぐ。



現場は天候不良に混乱をきたし、警察と野次馬で辺りはごった返していた。



いつの間にかルキアの居る歩道橋にも人がごった返していたが、
ルキアは冷たい雨に濡れたままその場に座り込み、なんの感情もなく空虚な思いでその様を見続けている。




「・・・きみ、大丈夫?具合でも悪いのかい?」

やがて付近の交通誘導を行っていた年若いおまわりさんが、
雨に濡れたまま傘もささずにびしょ濡れでいるルキアを見つけ、そう話しかけてきた。


ルキアは声に反応を示し、虚ろな瞳でゆっくりと声の方へと振り仰ぎ、
その見知らぬ男を見上げ、微かに口の端を持ち上げ歪んだ顔で笑った。





「・・・志波・・せん・・せい。」





ルキアはそれだけ言うと、突然倒れ意識を失った。

 

ルキアが中学2年生の秋。





大好きだった担任志波海燕は、28歳の若さでルキアの目の前で逝ってしまった。





それはくしくも、海燕の誕生日一日前、



10月26日の出来事だった。

 

 

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※2008.10.17

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