『実録 -新宿にて』 (現代パラレル 出会い編1)

新宿にある四人がいつも集まる店を出たのは、まだ夜の十時頃だった。
夏の夜特有の熱をまとった暑苦しい空気の中、四人は店の前で立ち止まる。

「んじゃ、今日は悪りぃな。次は最後まで付き合うからよ!」
「ごめんね。今度はもっとゆっくり飲もうね。」
恋次と雛森がそう言ってそれぞれ駅に向かって歩いて行く後姿は、すぐに人波にのまれ見えなくなった。

「・・・久しぶりだったのに、残念だね。どうしよう?もう一軒飲みに行かない?」
「わたしは、構わんよ。」

大学の同期の四人は卒業してからも時々は連絡を取り合い、集まっては互いの近況を報告し合っていた。
今夜は前回から四ヶ月近く間が空いてしまい、久しぶりの集まりだったのだが、
恋次は友人達と明日から旅行に、雛森は明日朝早くから仕事があるとのことで先に帰ってしまった。


あまり二人だけで飲むこともない吉良とルキアだったが、なんだか飲み足りず、二人でもう一軒回ることにした。
夜の十時でも明るく多くの人々が動き回る新宿を、二人は話ながら次の店目指して移動していた。

「なんや。イヅルやないの。」

突然後ろから声をかけられ、吉良は驚き振り向くと、そこにやけに背が高い優男が立っていた。
「あぁ。市丸先輩。」

「今日は友達と飲む言うてたのに、ほんまはデートやったん?こない別嬪さん連れて、羨ましいわぁ。」
会社では締めていたネクタイを外し、第二ボタンまで外した涼しげな薄いストライプ柄のワイシャツだけの軽装になったギンは、
ルキアの方を覗き込み薄っぺらな笑みを浮かべる。


(・・・軽薄な男だ。)

その様子にルキアは微かに眉根を寄せ、ギンの第一印象をあまり良くなく位置づけた。

「ち、違いますよ!さっきまで皆と飲んでたんですけど、皆帰ってしまって。
だから僕ら二人だけでも、もう一軒行こうかと思いまして・・・。
あ、朽木さん。こちら僕の会社の先輩で、市丸先輩。」

吉良はギンをルキアへと紹介し、ルキアは丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。朽木と申します。」

ギンはまじまじとルキアを眺め、それからイヅルに向き直る。
「朽木?・・・ふぅーん。ほんまに恋人ちゃうんやね。イヅルの想い人は、確かひ・・・」

ギンの口から余計なことが漏れ出しそうになり、吉良は慌てて大声を出す。

「・・!!いっ!市丸先輩!!!先輩の方こそ今夜デートなんですよね?!
どこですか?噂のモデル系美人の彼女!!」
「・・・あぁ。そこの店で、待ち合わせとる。」
「そうですか!では、あまり遅くなる前に行った方がよろしいですよ?!」

イヅルの言葉に、ギンは気乗りしない調子で軽く溜息を吐いた。
「・・・あんま面白ないし、面倒やなぁ。」

そのギンの暴言に、傍観に徹していたルキアは目を吊り上げ、思わず叫んだ。

「女を待たせておいて面倒?なんだその言い草は!!
面倒なのになぜ付き合っている!一体お前は何様のつもりだ!」

びしっと音のしそうな勢いでルキアはギンを指差し、ギンはあっけにとられ、
吉良は驚き目を見張り、そのままの体勢で三人の間で一瞬時が止まった。


「・・・そ、そうですよ先輩!早く行ってあげたほうがいいですよ?!
それじゃあ僕らはこれで・・・」

最初に我に返った吉良が、なんとか場をとりなそうと早口でまくしたて、ルキアの手を引き歩き出す。
ルキアはすでにギンから顔を背け、吉良に引かれて大人しく後についてく。


ギンは言葉もなくその後姿を見送り二人の姿が見えなくなると、不意にポケットから携帯電話を取り出した。
簡単な操作で呼び出し音が鳴り出し、三度めのコールで相手が出た。

「あぁ、僕。今店の前まで来てんけどな、行かれんようになってしもうた。」
そこで相手が何かしら言っていたが、ギンは聞いておらず大きな声で言い放つ。

「きみとはもう会わへん。お別れや。もう電話も、せんといてな。」

ギンは無情にもそこで電話を切り、ご丁寧に携帯の電源まで落としてからポケットにしまいこむと、
吉良とルキアの消えて行った方向へ、小走りで駆け出した。
イヅルのことだから、ここらで飲む店は限られている。

ギンは少し前に見たばかりの、強い輝きを宿した大きな瞳の小さな娘を思い出す。
あの瞳に、ギンの内にあるなにかを確実に掴まれた。



そういえば名前を聞き忘れていた。
まずは自己紹介からはじめよう。
それから名前を尋ねよう。
それからーーー


ギンはひどくウキウキと心躍らせ、もう数分後には再会出来るであろう娘を想い、笑みを浮かべて新宿の街を走っていた。

 
これがギンとルキアの“運命”の出会いになるが、それをまだ、二人は知らない。
 

 

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※これは拍手用SSの『丸の内』の設定で出会い編になります。『丸の内』はあれだけで、他に何も考えていなかったんですが、うちのサイトに通ってくださるさんぽさんから「二人の馴れ初めが知りたい」との一言に妄想暴走(笑)ってことで続きます。うまく『丸の内』に繋がらなくなってしまったらご愛嬌ってことでお許しを(笑)

連載化にあたりタイトルを「無罪 モラトリアム」としました。モラトリアムをヤフー辞典で調べたところ『
年齢では大人の仲間入りをするべき時に達していながら、精神的にはまだ自己形成の途上にあり、大人社会に同化できずにいる人間。』と、ゆうことで、自分の本能に忠実で色々適応性がないと思われるギンを指し示す意味でつけました(笑)
でも「無罪」がつくので、適応なんてしなくても、それでもいいのよ!って意味にしてます。つまりはギンがやりたい放題OK!ってことなんです☆
2008.8.29

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