※これは第二話のその後形式で、ルキアが家を飛び出した10日間を描いたものです。



ルキアが家を飛び出して、一週間がたった。

当然ギンは日に何度も朽木家を訪れたが、目通り叶わず、
その度にがっくりと肩を落としてとぼとぼと帰っていく後姿を、ルキアは数度秘かに見送っていた。


「まったくあ奴は何を考えているのだ・・・」

二人の可愛い一人息子が、悪戯にルキアへ軽いキスをして、
それに激怒したギンが報復に、息子の目の前で深い深い大人のキスを行うなど言語道断の行為。


子供の悪戯に、大人が本気になるなど嘆かわしい。
思い出しても恥ずかしさと羞恥にルキアは頬が熱くなるのを感じる。
思わず家を飛び出し実家へと身を寄せたが、今はどのタイミングで帰れば良いかわからなくなっていた。





 『 絶対家族! 第2.5話 』





「お前の家だ。好きなだけ居るが良い。」

体面を重んずるべき、大貴族の朽木家頭首の白哉の思いがけぬ言葉に、正直ルキアはアテが外れた。


実家に戻ったはいいが、体裁が悪いからすぐに戻れと白哉に諭され、不承不承なフリをしてギンの元へ帰るつもりだったのだ。
だが頼みもしないうちからやってくるギンを門前払いにされ、白哉への義理だてにますますルキアは引っ込みがつかない状況に陥った。

だからと言ってただ素直にこちらからギンの元へ帰る気にもなれず、
こうして小さくなっていくギンの後姿を見て、どうしたものかと思案にくれていた。

しかし良い案は浮かばぬまま今日も日は落ちていく。


「・・・どないしたん?おかあちゃん。」
そんな母の様子に一人息子のレンは心配げにルキアに寄り添ってくる。

真っ黒な髪に、ギンそっくりの顔立ちの我が子。

その顔も不安げで寂しげで、ギンも今こんな顔をしているのだろうかと思い、ルキアの小さな胸は小さい痛みが走る。


「レン。・・・お前は、父親に会えずに寂しくはないか?」

「おとうちゃん?ううん。全然!!僕は、おかあちゃんがいれば、それでええもん!」

「そ、そうか・・・」


満面の笑みでそう返され、ルキアはまたしてもアテが外れた。

『レンがお前に会いたいと言うから・・・』

ギンと夫婦になってもう二十年近い年月が過ぎているのに、まだまだ素直になれないルキアは、
ならばなんと言って帰る理由にしようものかと、落ちゆく夕日を眺め、再びボンヤリと思いふけっていった。

 

 

次の日ルキアは久しぶりに、十三番隊へ挨拶に行くことにした。

ルキアはレンを授かってから死神の仕事をやめ、子育てに専念していた。
たまにかつての古巣へ様子見がてら顔を出したりしていたが、最近久しく行っていなかったと思いついたからだ。

十三番隊と三番隊は遠く離れ、間違って会うことはまずないが、ひょっとしてーーー

そんな思いもあり、ルキアは菓子折りを手に瀞霊廷へと出向いていった。


「わぁ朽木さ・・・じゃなかった!市丸さん!お久しぶり〜!元気にしてた?!」
「えぇ。お陰様で。清音殿こそご健勝でなによりです。」

ルキアの来訪に、清音は忙しく働いていた手を休め駆け寄ってきた。
自分がいた頃に比べ大分知らない顔も増えた十三番隊で、
清音と小椿は変わらず二人で第三席として、病弱な浮竹を尊敬しサポート役に徹していた。


ルキアの言葉に清音は苦笑いを浮かべ、周囲を阻むように声を潜める。

「あたしは元気なんだけどね・・・隊長が、また、ちょっと・・・」
「浮竹隊長ですか?また、ご病気が悪化されたのでしょうか?」
「あぁ!そんな、いつもに比べたらぜーんぜんマシな位なんだけど、一応安静にってことで寝てもらってるんだ。」

それから清音は、にっこり微笑みルキアに言った。
「だから、朽木さん・・・じゃなかった。市丸さんの顔見せてあげたら、隊長きっと喜ぶよ!
こっちはもう少し仕事があるから、戻ってきたら一緒にお茶でも飲もうよ!」


「そうですね。それでは、そうさせて頂きます。」
清音に言われルキアは早速、浮竹が臥せっている雨乾堂へと足を向けた。

 

 

「ええぇっ?!そんな・・まさか・・・!!」

部屋の近くに行くと、病人とは思えぬ大きな声が響き聞こえてきた。
浮竹の声にルキアは驚き、足を止める。

「しーっ!そんな大声だしちゃダメだよぉ。誰が聞いているか、わからないんだからさぁ・・・。」
続いて聞こえてきたのは、八番隊隊長京楽の声であった。

(なんの話をしているのだろうか?)
ルキアは深い意味もなく、咄嗟に霊圧を潜め、二人に気付かれぬように部屋の壁に耳を当てた。

「あ、あぁいやスマン。・・・だって、でもそれは、本当なのか?」
「それが本当らしいんだよねぇ。昨日七緒ちゃんも、二人でいるとこ見たって言ってたし。」


「・・・でも、まさか。あの、市丸が?」



ドクッ



浮竹の口から思いもよらぬ者の名が出て、ルキアの胸はひとつ大きく啼いた。


声の調子からして、決して良い話ではないのは明白。
これ以上つまらぬ盗み聞きなどしてはいけない。

そう思いながら、それでもルキアは動けない。


(なんだ?!ギンが、どうしたんだ?)


「んー・・・。ここだけの話、奥さんが子供連れてお家出ちゃったみたいじゃないの。
毎日迎えに行ってるらしいけど、全然会わせてもらえないらしいし。・・・あれで寂しがりやだからねぇ。魔がさしたんだろうねぇ。」




ドクン ドクン



ここまで聞けば、もう意味は分かりすぎる程分かる。


ルキアは急いで身を起こし、この場から立ち去ろうとするが足が震えてうまく身体が動かない。
それでも必死に物音を立てないよう、ゆっくり身体を起こし、静かに静かに後ずさる。



「それでも、信じられんなぁ。あんなに朽木朽木と騒いでいた奴が・・・浮気だなんて。」



ガクン



聞こえてきた言葉にルキアはとうとう膝から力が抜け、その場にへたりこんでしまった。



浮気。ギンが、浮気。



元々ルキアに会う前は、毎日のように女関係で名を馳せた男だ。
いつかはあるかもしれないと、頭の隅では覚悟していたつもりだったのにーーー


今現実に事が起きたと思うと、ルキアの目の前は暗い闇に閉ざされ、しばらく立ち上がることも出来なくなっていた。

 

 

次の日もルキアは瀞霊廷へやってきた。
しかし今日は久しぶりの死覇装に身を包み、機敏な動きで誰にも見咎められぬよう物陰に身を潜ませた。

昨日はあの後清音に急用を思い出したと、逃げるように帰ってしまった。

一晩たって幾分気持ちが落ち着くと、次に感じたのは湧き上がるような怒り。


自分の過ちでこのような事態になったにも関わらず、その上浮気?!


それを許せるほど、ルキアは甘くない。
とにかく噂が本当かどうか、自分の目で確かめねば気が済まない。


ルキアは三番隊の隊長室の入口が見える場所に潜み、これからの事を思う。
とにかく今日は徹底的にギンを尾行して、証拠を掴んでやるしかない。

もちろん、そんな事ないに限るが、万が一の場合はーーーーー


そこでルキアは思考を止める。

それ以上は、今は考えたくない。


ルキアの顔が悲しげに歪み、そこへギンが隊長室へ戻ってきた。

見るからに背中が気落ちしており、そんなギンの様子にルキアも冷静になっていく。


そうだ。冷静になってみればあのギンが浮気だなんておかしいではないか。
我が子が戯れにキスしたくらいで、あれほど怒る男がまさか。

一瞬そう思い直した時、隊長室へやって来る者の姿を見つめた。


あれは、松本殿?


松本乱菊はギンの幼馴染だ。
美人で陽気で誰にでも好かれる気持ちの良い女性。
またその身体はルキアと似ても似つかぬ豊満さで、多くの男を振りかえさせる。

乱菊がギンの元を訪ねてくるのは何も不思議なことではない。


おかしいのは、その乱菊の挙動であろう。


隊長室の前で周りをきょろきょろ見回し、誰も居ないのを確認してから素早く隊長室のドアを開けて中へ入った。


ルキアはその行動の意味がわからず、呆然と閉じた扉を見つめるしかない。


そのまま一時間たったが、乱菊は出てこない。


ずっと同じ体勢で見守っていたルキアは、限界とばかりにその場から瞬歩を使って立ち去った。



まさか、ギンが、松本殿と?嘘だ、そんな・・・、でも、本当に?



今日もルキアは混乱の極みに陥りながら、急いで朽木家へと逃げ帰っていった。

 

 

次の日、ルキアは覚悟を決めていた。
信じたくはないからと言って、現実から長い間目を瞑っていることは出来ない。


ここは堂々とギンへ聞いてみるしかない。


ルキアは三番隊隊長室を訪ねた。

昨日の乱菊のようにノックもなく扉を開け、そして閉じた。
ギンは扉へ背を向けた状態で椅子に腰掛け、開け放たれた窓の外を眺めたまま、気のない声で呼びかけてきた。


「・・・なんやの乱菊。今日はえらい早いんとちゃう〜?」


やはりギンのお相手は乱菊だったのか。


ルキアのその呼びかけに思わず瞳が潤むのを感じ、必死になって唇を噛む。



泣くな。こんなことで泣いてはダメだ。



ルキアはなんとか自分を落ち着かせ、出来るだけなんでもない風を装い、覚悟を決めて話しかける。



「・・・松本殿ではなく、悪かったな。」



「・・・ルキアちゃん?!!!」



ギンは急いで振り返り、10日ぶりに対面できた愛しき妻の姿に、感動で言葉を詰まらせた。

それから大慌てで側へと近寄り、有無を言わさず抱き締めた。



「ルキアちゃん!ルキアちゃんや!!僕も、ほんまに寂しゅうて寂しゅうて死んでまうかと思ったよ〜」

ギンの声は大袈裟ではなく真摯な響きで、今にも泣き出さんばかりにルキアを抱き締める。

しかしルキアは別の意味で泣き出しそうな気持ちのままで、ギンの腕の中からなんとか顔を上げ、怒りを孕んだ声で一喝した。



「・・・だから、浮気をしたのか!!!」



思いもかけないルキアの言葉に、ギンも唖然としてルキアの顔を見つめた。


「・・・浮気?誰が?なんのこと?」


腕の力が抜けたことで、ルキアはその腕を払い落とし、強い瞳で睨みつけ怒鳴る。


「貴様がだ!!この大莫迦ものが!わ、私が何も知らないと思い、よくもそんなぬけぬけと・・・!!」


「ちょ、ちょぉ待ってやルキアちゃん。ほんま、僕にはなんのことやら・・・」



「昨日も!松本殿はここで、一時間以上何をしていたんだ!!」



「・・・あ!」



ルキアの言葉に、ギンは思わず言葉を失い、気まずそうに顔を背けた。


その様子に、ルキアの胸は潰される。



やはり、本当だったのだ。ギンは、松本殿と・・・!



言いようのない苦しさに、ルキアの瞳に涙が溜まる。

でも泣くな、泣くなと呪文を繰り返し、ルキアは固く瞳を閉じた。



「・・・思い当たるようなことがあるのであれば、やはり本当なのだな。・・・ならばもう良い。今話すことはない。」


ルキアはギンから背を向け、足早に扉へ向かおうとした。

しかしその後ろからルキアを、ギンは優しく抱き締めた。

「・・・な〜んてなぁ。僕が、ルキアちゃん以外にこんな事出来ると思うん?」


ギンの暖かな腕に閉じ込められ、ルキアは身をよじって反発した。
「な・・・!は、放せギン!こんなことで誤魔化そうとするな・・・!!」



「僕、ほんまに寂しゅうてどうにかなりそうやったんよ?・・・浮気なんて、出来る訳ないやん。
こんなにルキアちゃんが好きやのに、やれ言われても出来るわけない。」



「な、ならば松本殿はなぜ、あのように人目を阻むような真似をして・・・!」
感情の昂りのままにルキアは叫ぶと、ギンは呆れたように言った。




「あぁ・・・まぁ、そりゃ阻むんとちゃう?仕事サボって日中から酒飲んどった訳やし。」



「・・・酒?」


あまりにも予想外の返答に、ルキアは動きを止めギンの顔を見つめた。




「僕が愚痴る相手してもらって、その報酬に酒買わされとって、更にサボってる間隊長さんに仕事手伝ってもろうてたゆー嘘、つかされてな。
話相手はしてもろたけど、やっぱり乱菊はあんまりアテにせえへん方がええな。」



「・・・それは、本当か?」


「あの棚調べてみ?空の酒瓶ごろごろ出てきよるよ?」


「・・・」

そう言われるとこの部屋もそこはかとなく酒臭さが染みているような気がする。
乱菊にとってお酒は、紅茶をたしなむのと変わらないらしい。




難しい顔をしながらも、それでもギンの言うことに納得したらしいルキアに、ギンは耳元で囁いた。

「そしたら、誤解も解けたみたいやし、僕そろそろルキアちゃんにちゅーしとうて堪らんのやけど、ええよね?」


「・・・莫迦もの。仕事中ではないか。」

その仕事中に旦那の浮気を疑って怒鳴り込んできたにも関わらず、そんなことを言うルキアが可愛いらしく、ギンは楽しげに笑う。


「隊長の精神的安定を得るんも、大事な仕事。みたいなもんやん?」
よくわからない屁理屈はギンの得意分野だ。



本当は同じ気持ちのはずなのに、天邪鬼なルキアを真正面に向き直らせ、その小さな唇の感触を楽しむ。


10日ぶりの口付けに、ギンもルキアも頭の奥まで甘く痺れるような感覚に陥った。

一旦唇を離し、無言のまま見つめ合う。
熱い吐息が絡み合い、二人の間の熱があがる。



「ごめんなルキアちゃん。僕が悪かったと思うてる。
でも、もうこない長い間ルキアちゃんに会えへんのは耐えられん。もう絶対に、どこにも行かんといて。」



心からのギンの言葉に頑なだったルキアの気持ちも溶け、素直な思いを口にする。


「・・・ギン。私も、会いたかったよ。」



そして再び唇が触れ合い、それは互いを求め合うような激しいものに変わっていった。
舌を吸い上げ、絡み合い、ルキアの口から隠しきれない甘い声が上がる。

「んっ!・・・はふっ・・・んんっ・・・・!はぁっ・・・・・」

十分に感触を楽しんだギンは、不意に顔をあげ、ルキアを見下ろす。


ルキアは激しい口付けに息を乱し、大きな瞳を涙で潤ませ、ほんのり赤く頬が染まっている。



「―――もう、我慢できん。」


「・・・え?ギン?」



ギンの目が鋭く光り、ルキアが不安げに身を起こそうとすると、両肩を掴まれ動きを封じられる。

そしてそのまま来客用の長椅子の上にルキアを押し倒し、真っ白な首筋を厭らしげに舐め挙げた。



「ひゃっ?!こ、こらギン!何をしている?!」



もうギンの動きに躊躇や遠慮がなくなっていることに気付き、ルキアは声を荒げて制するが全くもって効き目はない。

ルキアが何を言ってもギンは止める気など毛頭なく、着物の袷を大きく開き華奢な鎖骨を露わにすると、そのまま唇を滑らせた。



「あっ!やぁ・・・!こんな所で・・・莫迦もの!や、やめぬか!!」

「10日もお預けなんて新記録やん。僕もう、こない悲しい記録作りとうないし・・・」

「だ、だからといって、ここは隊長室なのだぞ?!」

「せやから、長い間放っておいた、ルキアちゃんも悪いんよ?」



ルキアはなんとかギンの頭を押しのけようと無駄な努力をし、ギンはそのままルキアの胸までも露わにしようとした瞬間。



「隊長。失礼致します!」
三番隊副隊長、吉良イヅルの声が聞こえ、音もなく扉は開かれた。


「隊長!いい加減執務をこなして頂かないと、こちらの処理が出来ませ・・・」

怒りに震えていたイヅルの声は、長椅子の上の二人の様子に動きが止まった。



ルキアは慌てて開かれた着物の前を掻き抱き、これ以上ない程に顔を真っ赤にしており、ギンは行為の中断に不機嫌そうに吉良を見上げた。


「なんやのイヅル。取り込み中や。後にしとき。」

そして犬でも追い払うかのごとく、手を振りイヅルを追い出そうとする。



「え?!や・・・あ、あの・・・でも・・・」
イヅルはこの状況に動揺しながら、それでも足が動かずどうしたものかオロオロしていた。


そしてそこに、乱菊までもやってきた。
「ちょっと、ギン!!あたし隊長に怒られちゃたわよ〜!ちゃんと隊長と話つけてくれてたんじゃなかったの?!」


そしてイヅルと同じようにギンとルキアの姿を見つめ、目を丸くして立ち止まる。

「あらぁ朽木じゃない。良かったわねぇギン。あんたあんなにグズってたもんね。
・・・あー、でも、これで日中お酒飲めなくなるのね。それはかなり残念だわ〜」




「・・・なんでもええから早よぉ皆出ていって。僕はこれからルキアちゃんと・・・」



「〜〜〜〜大莫迦ものが!!!!!!!!!!!!!!」



バコンッ



と、いい音がして、ルキアのアッパーがギンの顎に見事にクリーンヒットした。


そしてギンが怯んだ隙に、ルキアは素早くその場から飛び出し、再びギンの前から姿を消した。



「ル、ルキアちゃ〜ん」

「あんたって本当に莫迦ねぇ。話聞いてあげるから、お酒、出してよ。」

「・・・隊長。」

ギンはがっくりとうなだれ伏して、乱菊は勝手に酒瓶をあさり、イヅルは心底気の毒そうに隊長を見つめていた。

 

しかしその日の夜、ルキアは家に戻っていた。



「私が帰らぬと仕事をせんと、吉良殿に頼み込まれたからな!」



そしてこれが、喧嘩した後のルキアの決め台詞になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ギンに浮気疑惑?!・・・のお題で一本書きました。さすが強化月間。こんだけ書いてもまだ書ける自分に感心(笑)
でもやっぱり展開ワンパターンな感じで、自分の限界を感じますが、それは仕方なしではないかと(笑)
2008.9.27

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