周囲の死神に比べ、一際小さな姿が瀞霊廷を出て行くのを、その細い目でギンは決して見逃さなかった。
ギンは座っていた屋根の上から身軽にひょいと飛び降り、
嬉しそうに笑みを浮かべたまま、その小さな死神の元へと走り出す。



小さな小さな、死神。


愛しき朽木ルキアの元へとーーーーーー






『 狐は、嗤う 』





「ルッキアちゃーん!今、お帰りなん?」

「・・・・・ひっ!!!」

突然目の前に最も苦手としている長身の死神の出現に、ルキアはぎょっと目を剥き、身体を強張らせ足を止めた。
しかしルキアの身体はすぐに反応し、ギンに対していつものように即警戒態勢に入る。
ルキアは抱いた手荷物を強く抱き締め、ギンとの距離をとる為に自然と身体が動き身を引く。
しかしギンは当然そんな事を気にする風もなく、やけに馴れ馴れしくルキアへと近寄った。

「今日は朽木のお屋敷に帰る日なんやね?
今夜隊舎にルキアちゃんがおらんと思うと、僕寂しくて眠れんかもしれんよ。」

「・・・・・それはそれは、市丸隊長のような高名な方が、
私のような平隊員にまでお目をかけて頂き、痛み入ります。」

ギンのいつもの戯言に、言葉とは裏腹にルキアも瞳に強い反発の色を濃くして戯言を返す。
ルキアの瞳は、言葉より雄弁に本音を叫ぶ。



私に寄るな。
触るな。
近づくな。
貴様とは一瞬でも同じ時を有するのは苦痛だ。
さあ早く、どこへなりとも立ち去るがいい。



小賢しい狐め!


ギンはルキアの美しく光る菫色の瞳をじっくりと眺め、
その言葉を全て読み取り、わざとらしくゆっくりと口の端を持ち上げた。

「そしたら僕と、お茶でもせえへん?」

「!!!・・・け、結構です。」

全く自分の意志を汲み取ろうとしないギンの態度に、今更ながらルキアは辟易し、
ギンに負けまいと強く踏ん張っていた足を無理に動かし歩み出せば、当然のごとくギンも横に追走してきた。

「なんや?僕に声かけてもろて光栄なんやろ?その僕が一緒にお茶までしたる言うてるんよ?嬉しゅうないん?」

「・・・・・・折角ですが、夕餉の時間に間に合わなくなりますので。」

「何言うてん?朽木家での夕餉なんぞ、ずいぶん遅いもんなんやろ?
大好きなお兄様。お帰りいっつも遅いやん。
ルキアちゃんが兄様放って、先に一人で食べてるん?そんなん考えられへんけどな?」

「・・・・・・先に戻り、夕餉の前に色々支度がございますので。」


是が非でもこの窮地を乗り切りたいルキアは、頭を悩ませ必死になって言い訳を探す。
そんなルキアの様子をも楽しみながら、更にギンは意地悪く揺さぶりをかけることにした。

「ご飯の前になんの準備があるん?
・・・あぁ。もしかして、夜に床でお兄様と遊ぶ準備でも必要なん?
ご飯の後はすぐ準備万端、私を召し上がれて?ええ義妹やね〜。六番隊長さんが羨ましいわぁ。」

「・・・・・・・・っ!!」


この暴言にルキアは立ち止まり、瞳を目一杯見開き、それから軽蔑と怒りを孕んだ視線でしっかりとギンを睨み付けた。
余程腹立たしいのであろう。
ルキアは力一杯唇を噛み締め、カッと頭に昇った血と怒りが静まるのを充分に待ち、
しばらくの沈黙の後、震える唇でなんとか冷静さを装いながら言葉を紡ぐ。

「・・・・・・・・・・・市丸・・・隊長。
・・・戯言とはいえ、あまり滅多な事を言わないでくださいませ。
私はともかく、兄様を愚弄することは、朽木家を愚弄するも同様の行為。
・・・・・また、そのような事を言われれば・・・・・私も少々不快に感じます。」

「あらぁ?怒らせてしもうた?堪忍なぁルキアちゃん。
僕はいっこもそんなん思うとらんけど、お貴族様の生活に興味ある、心無い噂があちこちに飛び交っとってな?
つい、ほんまなんかな〜って、思うてしもうたんや。」

「・・・・・・・とにかく、急ぎますので、私はこれで。失礼致します。」

ひどくわざとらしいギンの謝罪の言葉に、ルキアはもうこれ以上付き合う気がなく、
顔を伏せ、素早くギンの横をすり抜けようとした。
しかしギンもこれで逃がす気はなく、さっと腕を差し出し、その小さな身体を片腕だけで簡単に抱きとめた。

「なんや?お茶はあかんの?残念やね。・・・そしたら代わりに、お家まで送ったる。」

「!!!け、結構です!一人で帰れます!!」

「そんな遠慮せんでもええよ。
僕、悪気なかったんしても、失礼な事言うてしもうたし、せめてものお詫びに家まで送らせてな?」

「いえ!大丈夫です!!
もう全く、全っ然気にしておりませんので、どうぞお引取りください!!!・・・あっ!」

「そしたら行こか?」

「・・・・・!」

ギンの腕から逃れようと暴れるルキアの手から、ギンはひょいっと手荷物を掴み上げ、それから先に立って歩き出す。
この展開に、自分はどうすべきか決めかねたルキアは、途方に暮れたようにギンの広い背中を見つめて立ち尽くせば、
ギンはすぐに振り返り、いやらしげな表情でにやりと笑う。

「どないしたん?歩けんようやったら、手ぇ繋いだろうか?それとも抱っこの方がええか?」

「け、結構です!!一人で歩けますから!!!」

これ以上ぐずぐずしていたら、本当に担ぎ上げられかねない恐怖に、
ルキアは弾かれたようにきびきびと歩き出し、ギンをすぐに追い越した。
その後姿をギンはくすくすと笑い見守ると、少しだけ歩幅を広げすぐにルキアに追いついた。

「そしたらルキアちゃん。君、現世派遣が決まったんやね?いつから任務に就くん?」

「・・・・・・そうですね。昨日内示が出たばかりですから・・・大体、一ヵ月後くらいでしょうか。」

「一ヵ月後!?そんな早いん?一ヵ月後にはもう行ってしまうんやね。
ルキアちゃんのおらん瀞霊廷なんぞつまらんなぁ。僕も一緒に、現世行こうか?」

「私は大丈夫です!現世での虚退治は私に任せてくださり、市丸隊長はこちらを御守くださいませ。」

「守る言うても敵もおらんやろー。それに瀞霊廷より、僕はルキアちゃん守ってあげたいんよ?」

「・・・・・・お気持ちだけ、受け取っておきます。」

ほんまは、一片も受け取る気ぃないんやろ。
ルキアちゃんもなかなかの嘘吐きなんやね?

ギンはこれを心の中だけで呟き、凛々しいルキアの横顔を見て密やかに笑う。

「なんや、つまらんなぁ。・・・ところでルキアちゃん。お貴族様の暮らしは楽しいか?」

「・・・・私のような出の者には、勿体無い贅沢な生活をさせて頂いております。」

「僕が聞きたいんは、そんなん上辺の事ちゃうよ。
ルキアちゃんがほんまに楽しゅうしとるかどうかゆうことや。」

ギンはもちろん知っている。
ルキアと白哉の心の通じ合わぬ余所余所しい関係を。
知っていてあえて嫌な質問をルキアへと投げかける。
これにはルキアの肩がビクッと不自然に揺れ、それから暗い表情で威嚇するようにギンを見上げた。

「・・・・・どうして、そのような事を、お聞きになりたいのでしょうか?」

「なんでて?そんなん決まっとる。ルキアちゃんはわからんの?」

「・・・・・すみません。私のような程度の低い思考能力では、
とても市丸隊長のお考えを連想できるものではありません。」

「難しく考えんでええよ。単純で、簡単なことやから。」

「・・・すみません。やはりわかりません。」

「ルキアちゃんは鈍感やねぇ。」

「ど、鈍感・・・?」

ギンは心底呆れたようなため息を吐き出し、それから困惑の表情をしたルキアの顔を覗き込み、
いつもの底知れぬ薄っぺらな笑みでルキアを射抜くように見つめた。



「僕がなんでルキアちゃん気にしとるかて?そんなん、好きやからに決まっとるやろ。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

予想外の返答に、ルキアは完全に虚をつかれ立ちすくめば、ギンは益々嬉しげに声を弾ませた。



「なんや。そない変な顔して。よう聞こえんかった?そしたら何べんでも言うたるよ?

僕は、ルキアちゃんが大好きなんや。」



言葉の意味が理解しきれず、『鳩が豆鉄砲をくらう』と称するにぴったりな様子のルキアに、
ギンはゆっくりと噛んで含ませるように言い聞かせれば、最初の衝撃が過ぎ去ったルキアは、
ひどく恐々としたように、ひどく慎重に考えながら言葉を選ぶ。

「・・・・・市丸隊長。
戯言にも、程があります。そのようなお言葉は、本当に大切な方にだけ言うべきです。」

「せやからぁ。僕にとっていっちゃん大事なんがルキアちゃんやから、僕間違ぅとらんけど?」

「・・・・・・・・・・そうですか。・・・・・・それは、痛み入ります。」

「あはは。最初と同じ返し文句やねぇ。」

「・・・・・・・・・申し訳ございません。どうお返事するべきか、わかりませんので。」

「信じとらんやろ?」

「いえ・・・・そんな・・・ことは・・・・・」

「そしたら、嬉しい時は嬉しい。嫌いう時は嫌て、ハッキリ言うたらええよ。」

「・・・・・・・・・・・私のような者に、そのようなお言葉をかけて頂き、大変、嬉しゅうございます。」

やはり言った言葉とは裏腹に、ルキアの顔はひどく迷惑そうな顔つきで、
その可笑しさにギンは腹を抱えて笑う素振りをしながら、上機嫌に声を上げた。

「ルキアちゃんは、僕と違うて嘘が下手やねぇ。」

「!!・・・・・・・・・・・・・やはり、嘘ではないですか。」

からかわれた事にイラつきを覚え、ルキアはギンを睨み付けながらも、ややほっとしたように返答する。
ギンは空笑いを収めると、いつものように口元を鋭角に持ち上げた。

「そこは嘘とちゃうんやけどなぁ?
・・・ま、ええわ。信じられんのやったら、別にええ。それでも、僕なんも困らんから。」

「・・・・・・・・」

ルキアは不審げな視線でギンを見上げたが、それ以上言うべき言葉が見つからず、仕方なく黙ってその後をつていく。
すると間もなく朽木家の大きな門が姿を現し、ルキアはそれに秘かな安堵のため息をそっと漏らした。
思えば、朽木家へ帰り、これ程安心感を得たのも初めてであろう。

「あぁ、もう着いてしもうたな。
えらい遠いところに偉そうに立っとる思うとったけど、ルキアちゃんと一緒やと時間がたつのも早いんやねぇ。」

そんな皮肉めいた思いにルキアは俯きそうになると、ギンが振り向き手にした荷物をポンとルキアへと投げ出した。
ルキアはそれを慌てて受け取ると、ギンに向かって深く頭を下げる。

「お送りくださり、ありがとうございました。
・・・・しかし、このような事は今日限りにしてください。
私のような者が隊長に家まで送らせるなど、またどのような噂がたつかわかりませんので。」

「なんや、そんなん気にしとるん?僕はそんなん、気にしとらんよ。」

「・・・・・・・・・・・私が、困ります。」

小さいながらもしっかりとした声に、ギンは大袈裟に肩を竦め、すげなくルキアへと背を向けた。

「えらいハッキリふられてしもうたなぁ。
そしたら残念やけど、こんなんするんわ、今日限りな。」

「すみません。・・・・・・・・・本当にお世話をおかけしました。それでは、これで失礼致します。」

ルキアはもう一度頭を下げると、姿勢を正してから振り返り、大きな門へと足を進めようとした。

「あぁルキアちゃん。少し・・・・・待ってな?」

「・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・っ!!!」

遠ざかっていったはずのギンの声がすぐ後ろから聞こえ、思わずルキアは無防備に振り返ると、
予想外に近くギンの顔があり、驚きと狼狽にルキアは息を止めた。
ルキアは逸らしたくても視線が逸らせず、大きな瞳を見開き、蛇に睨まれた蛙のように、怯えと恐怖に硬直している。
ギンはいつも以上にいやらしげな笑みでルキアを射抜き、やけに甘く切なげな声で囁きかけた。



「ルキアちゃん。これだけは、覚えといて。・・・君は、僕が・・・・・・・・・・・・」



ざあっ・・・・・・!!


その時二人の僅かな隙間に強い風が吹きぬけ、ルキアは思わず強く瞳を閉じた。
すぐにその風が治まり、ルキアがそっと瞳を開ければ、
既にギンは背を伸ばしており、遠い頭上からルキアを見下ろしている。

「・・・・・あの・・・すみません。市丸隊長・・・。風で、よく聞こえませんでしたが・・・」

「なんやぁ。届かなかったんかぁ?・・・・・そら残念。」

言うとギンは、再び背を向け歩き出す。
ルキアはどんどん遠ざかる背中を見つめ、困惑した声をかけた。

「あ、あの・・・・市丸隊長?」

「そしたらまたね。ルキアちゃん。」

「は・・・はい。・・・・・・・それでは・・・失礼・・・します。」

ギンは前を向いたまま手を挙げひらひらと振って見せ、ルキアはそれに慌てて頭を下げると、
今度は小走りで門へと駆け寄り、その向こう側に消えて行った。
その気配を背に感じながら、ギンはにやりと笑い、腕を組み空を見上げて一人呟く。


「折角の告白やったのに、いけずな風やなぁ・・・・・」

この風は偶然か。
はたまた何かの意志なのか。
ギンの告白はルキアへと届かず、掻き消えてしまった。

それでもええよ。
聞こえんのなら、聞こえるように何度でも言うてあげよう。
君の命が、燃え尽きるまで。




ギンから、ルキアだけに送られた特別な言葉。



キミニ トドカズ  アイノ コトバ






『君は僕が、必ず殺してあげるわ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※昨夜の茶会で私へたくさんのギンルキを、ワイロとして贈って頂きましたw
HP開設以来、こんなに長い時間ギンルキを書かなかったのは初めてだ・・・!
そして、そんな長い時間をかけ眠っていたギンルキ魂が、ギンの剣道コスや素敵絵ログに触発されて、華麗?に復活!!
やはり私は、ギンが、ギンルキが大好きなのですよ・・・!(激実感)
この話は、一応原作イメージの、ギンを超嫌っているルキアで、ゲームのヒート6、オープニングムービーに触発されて書いたものですー。
とにかくギンはルキアを狙う!ルキアを殺して良いのは自分だけ!それはもちろん、愛だからこそ!
そんな原点回帰?なギンルキ像をうまく書き出せたでしょうか?ギンルキ万歳〜〜〜♪
2009.8.16

gin top

material by 戦場に猫

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