ここはとある男子校の教室。

中では授業が行われていて、凛と澄んだ声が淀みなく完璧な発音で英文を読み上げていた。
教室内はその声だけが響き渡り、誰一人私語も居眠りすることもなく、生徒達は皆一様にその声の主を熱い視線で見守っていた。

「・・・of public buildings and work・・・」

多くの視線を独り占めしている華奢で小柄は教師は、真っ黒で艶やか黒髪を襟足まで伸ばし、
肌は白雪のごとく真っ白に輝き、美しく印象的な大きな瞳は、アメジストの宝石のごとく紫がかった光を宿している。

そして小さく控えめな唇で発せられる英文に、いつも生徒達は皆だらしなく惚けたような表情で聞き惚れている。

やがて教師は教科書から顔をあげ、大きな瞳で教室を見渡した。
「・・・ではここまでを、誰に訳してもらおうか?」

途端に多くの者が教師から視線を外し、机に突っ伏したり明後日の方向へ顔を向けた。





『 学園天国 』 前編





教師は軽く苦笑し、それでも視線を外さない生徒の一人を指差した。

「では檜佐木。答えてくれ。」

「あ?!・・・俺っすか!!」

修平は困った顔で頭を掻きながら、それでも素直に立ち上がる。
しかし手にした教科書を睨むばかりで、何も言わない。
いや、実際は答えたくとも、答えられないだけなのだが。

「どうした?私の声が聞こえなかったか?」
「先生に見惚れるのが急がしくて、内容までは覚えてないです。」

修平は素直に答えに、教室内は笑い声が満たされた。
ルキアは大袈裟に溜息をつくと、手でもう座れと示し、そのまま前の席の生徒を指し示した。

「ではお前はどうだ?日番谷。」
「・・・はい。・・・私は次の2つの主な理由から、公共の場では・・・」

冬獅郎はすぐに立ち上がると、教科書を手に堂々と答え始める。
ルキアは窓に寄りかかり、冬獅郎の訳に満足そうに耳を傾けた。
日差しを受け立っているだけのその姿すら一枚の絵のように見え、また生徒達はルキアへと熱い視線を集める。


ルキアが教育実習生として授業を受け持ち、十日が過ぎた。


「朽木ルキアと言う。受け持ち教科は英語。皆、よろしく頼むぞ。」


初めてルキアが教室に入った瞬間、ざわめきはピタリと止み、その一瞬で皆魂を抜かれてしまった。
中学生に見間違うまでに小さな体躯にも関わらず、実際の背の高さ以上にある存在感、
放たれるオーラの絶対的な迫力に、皆言葉を無くして食い入るようにルキアに見入っていた。


あまり素行のよろしくない生徒のたまり場とは思えぬ静けさに満たされた教室内は、ルキアの存在にすっかり骨抜きになっていた。

「日番谷。そこまででいいぞ。完璧だ。では次は・・・阿散井。わかるか?」
「?!!あ・・・!は、はい!!・・・んっと・・・ど・・・どこだ・・・?」

ルキアに指され、やはり惚けていた恋次は慌てて立ち上がるが、
冬獅郎の声など耳に入らず、当然ながらどこを示されたかわからず教科書を必死にめくる。


すると隣の席の一護が無言で立ち上がった。

「二つめの理由は、喫煙が公共の場を汚しがちだということである。それは・・・」
「?!!てめっ!一護・・・!!」
折角のルキアからのご指名を横から奪われ、恋次は一瞬気色ばんだが、ルキアに無言で制され、しぶしぶ大人しく席につく。

たかだか一介の教育実習生の授業とは思えぬような、静かで完璧な授業の時間は流れていく。


その様子をただ一人、一番後ろの席から面白くなさそうに眺める細い細い目があった。


彼はルキアの開かれた開襟ブラウスの胸元を眺め、小さな声で苦々しく毒づいた。
「・・・胸元、開きすぎやん。」

隣にいたイヅルはその声に気がつき、ルキアの授業を妨げぬよう気遣いながらひっそりと声をかけてきた。
「・・・市丸くん。どうかした?」

するとギンはにっこりと、いつもの上辺だけの笑みを浮かべて答える。
「んん〜?なんもあらへんよ〜?ただいつも通り、エロい先生やなぁ思うてなぁ。」
「エ・・・エロいって?」
ギンの言い草にイヅルは顔を赤らめ、思わず小さな奇声をあげた。


「そこ!何を話してる?!」


すぐにルキアの鋭い声が飛び、イヅルは肩をすくめ、ギンは待ってましたとばかりにニヤニヤと顔をあげた。

ルキアは教壇から、厳しい視線でギンを睨む。

「・・・どうした市丸?授業を、聞いてなかったのか?」
ギンはわざわざ立ち上がると、にやつきながらルキアを真っ直ぐに見つめた。
「そないなこと、ありしません。せんせぇの貴重な授業を聞き逃すなんぞ、勿体のぉて出来ませんよ?」
「・・・」

ルキアは瞳を細め、不遜な態度のギンを冷たく射抜く。
ギンは全く動じず、その視線を堂々と受け止めながら笑い続けた。

「ならばお前は、何を話していた?」
「・・・ここで言うても、ええんですか?」
「かまわん。言ってみろ。」
するとギンは丸め気味だった背中をしっかりと伸ばし、わざとらしく大きな声で言った。


「せんせぇの襟元がぱっくり開いてるんで、綺麗な鎖骨が丸見えなもんやさかい、お年頃の僕には、目の毒やなぁ言うてたんですー。」


「?!!!・・・なっ!」


ルキアは瞬時に真っ白な頬を朱色に染め、反射的に片手で開いていた襟元を握り合わせて絶句した。

教室はギンの発言に、不穏な声でざわめきたつ。
その声の意図することは、余計なことを言われ、ルキアが警戒心でその開かれた胸元を隠してしまうことへの不満と抗議であったに違いない。


キーンコーン カーンコーン・・・


ルキアは何か言いおうと口をパクパクさせるが声が出ず、変わりに授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

「・・・今日は、ここまでだ。」

まだ頬を赤らめ胸元で襟を合わせ握ったたまま、ルキアは呟くように終了を宣言すると、皆名残惜しそうに席をたち礼をする。
ルキアは片手で荷物を掻き抱いたままそそくさと教室を出ようとし、戸口の前で何かを思い出すと振り向き一護へと声をかけた。

「そうだ。黒崎。お前が日直であったな?運んで欲しい物がある。一緒に職員室に来て・・・」

しかし背後には長身の影が覆い被さるように立ち塞がり、ルキアは首を逸らして見上げた。

「・・・なんだ?市丸。」
「僕、行きます。」
「なんだと・・・?」
「僕、さっきせんせぇに失礼なこと言ってしもうたみたいやし、お詫びに僕が一緒に行きます。」

ルキアは一瞬ギンを睨み、それから顔を横に振った。

「・・・反省しているなら、それでいい。以後気をつけよ。・・・黒崎!一緒に来てくれ。」
「・・・はい。」

すぐに一護はギンの横をすり抜けルキアの側に駆け寄ると、ルキアが片手で持っていた教科書を取る。
「なんだ?持ってくれるのか?」
「・・・ついでだから。」
「そうか!すまぬな。黒崎、ありがとう。」

ルキアは満面の笑みを浮かべて一護を見上げ、自分だけに向けられたその笑みを満足に直視出来ず、
一護は視線を僅かに逸らして口の中で別に。と呟いた。

一護は大人しくルキアの後ろにつき従い教室を出て行き、それを皆ひどく羨ましげな表情で二人の姿を見送った。


そしてやはりギンだけは、他の者にわからない程度に不機嫌そうに顔を歪めた。

 

 

 

 

 

なぜこの男子校がルキアの教育実習の場になったかと言うと、それはルキアの恩師からの紹介だからだった。

恩師は、実習に行くなら俺んとこの学校にいけよ!と、まるっきり考えなしにルキアに言い、
素直な彼女は本当にその通りにしてしまい、その事を知った過保護な兄は無言で怒り狂ったが、結局はルキアの思うようにことは運んでいったのだ。



殺伐とした男の園に現れた美形な女教師(本当は実習生)の存在に、お年頃の少年達が盛り上がらない訳がない。


甘さよりも凛とした美しさに溢れ、実習生の身でありながら何事にも堂々とした態度で応じており、
そのくせ笑うと子供のように愛らしい顔になる。
少し世間ズレしているらしく世の中の情報には疎く、その反応がまた可愛らしいく、
隙あらば皆ルキアをからかおうとルキアの周囲はいつも多くの男達が取り巻いていた。


実習初日など、昼休みにルキアが学食にいると知った多くの者が押し寄せ、大混雑に一時学食が閉鎖状態に陥る程だった。
二日目からルキアは混乱を避ける為、どこかに雲隠れしてしまい、昼休みはルキアを探し彷徨う者達が数多く出現していた。

その様子を屋上から眺め、弓親があきれたように溜息をついた。
「今日もたくさんいるねぇ。彼女のような美しい人が、あんなブサイク共に似合うわけないのに。
身分不相応も甚だしい。美しいものは美しいもの同士、彼女は僕のように美しい者の側が一番似合うと思わないかい?」

サララ〜ッとクセのない艶やかな髪をCMのごとくひらめかせ、相変わらず芝居がかった仕草で弓親は振り返る。

「全っ然思わねぇ!
なにが美しい者同士だ!!
お前みたいなオカマくせー奴に、ルキアちゃんが似合う訳ねぇだろ?!
ルキアちゃんはもっと、男らしくて俺みたいに強い男が好きなはずだ!!」


大声で噛み付く修平の反論に、弓親は軽蔑したような視線を送る。

「ならなおのこと、あなたより僕の方がお似合いですよ?一度勝負して、僕はあなたに勝ってますものね?」
「!!・・・あ、あんなの反則みてぇなもんじゃねぇか?!土壇場まで汚ねぇ手隠してたくせに、何言いやがる!!」
「汚い手?勝負についてだけは、綺麗も汚いもありませんよ。勝者だけが、美学そのものになるんですから。」
「お前・・・!本当、その根性一回叩きつけてやんねーと、わかんねーみたいだな?!」
「だから、叩きつけれるならどうぞ?どうせまた、僕が勝ちますけど?」

弓親の挑発に乗り、檜佐木は立ち上がりかけ、そこへ水色が仲裁にはいる。

「あーもー。つまんない喧嘩はやめなよー。ここで言い合いしても、仕方ないでしょう?」
「そっすよ檜佐木さん。あいつはいっつもあんなんですから、相手にするだけこっちが損ですって。」
「・・・そうだな、恋次。あいつに関わるとろくなことがねぇからな。」
「はいはい。弱くて美しくない者の言うことなんて、僕だって聞きませんよ。」
「!!!・・・よ、弱いだと!!」
「檜佐木さん!!抑えて!抑えて!」

完全に立ち上がった檜佐木を恋次が後ろから押さえ、弓親はツーンと顔を逸らした。


「・・・それにしても、どこにいるんだろうな?」
そのくだらない騒動には我関せずで、屋上から校庭を見下ろしていた冬獅郎がポツリと呟く。

「あぁ、先生か。・・・職員室にはいないらしいしな。校外に避難してんじゃねぇの?」
紙パックのジュースを啜り、隣にいた一護が言うと、冬獅郎は少しだけ首を傾げた。

「昼休みだからといって、校外に出たりするだろうか?ましてや実習生だろう?」
「・・・わっかんねーけど、ほら、場合が場合だから、特別緊急措置みたいな感じで。」

確かに今休み時間中にルキアが一人でいようものなら、たちまち多くの生徒が群がってくる。
職員室にいては本当に休むことも出来ず、朽木家の令嬢の為に特別な措置をされてもおかしくはない。

今も校庭をルキアを求めてうろつくハンター達は、数多く存在している。
たぶん数人くらい、校外まで探しに出ているはずだ。


「ったく。休み時間くらい、ゆっくりやすませてやれよな。」
「同感だ。これで先生が疲れで倒れてしまったら、どうするつもりだ。」
気遣いタイプの二人は、ルキアを思い無作法なハンター達を毒づく。


「・・・んん〜!そしたら、僕、そろそろ行くわ。」
昼休みも半分過ぎた頃、屋上の隅でだらしなく寝そべっていたギンは大きく伸びをして立ち上がった。
「・・・なんだ、市丸。今日もなのか?」

冬獅郎の鋭い視線を受けながら、ギンはにやにやと笑う。
「そーなんよー。今度の子ぉはちょぉうるさいタイプなんやけど、
あっちがええから、なかなか離れられんでなぁ。そしたら、お先するわ。」

上機嫌でギンは手を振り、すぐに扉の向こうに消えていった。

それを見送り、恋次が呟く。
「・・・今回は、結構長いですね?」
「そーだなー。一週間もっただけでも奇跡なのに、その女の為にあいつが昼休み電話しにいくなんてなぁ・・・」
修平も相槌をうち、不思議そうな顔をした。

市丸ギンの女癖の悪さは有名で、一週間持てば長いと言われる程、質の良くないお付き合いを繰り返している。

「イヅル!お前相手の女どんなかしんねーの?」
「え?!・・・ぼ、僕は、とくに聞いてないけど・・・」
「よほどエッチがうまいのかー。結構おばさんなんじゃねーの?」
修平はそう言って笑ったが、イヅルは無意識にギンの消えた扉を見つめた。

一年生の頃から一緒のイヅルは、ギンの激しく移り変わる女性遍歴の生き証人でもあった。
別にいちいち紹介してもらった訳ではないが、イヅルと一緒の時にその時付き合っている女とたびたび遭遇しているだけのことなのだが。

それにしても。と、イヅルは思った。
今回は、いつもとちょっと、違う気がする。
ギンの様子にイヅルは少しだけ疑問を抱いていた。
ギンは確かに女関係にひどくだらしない男だが、あんなにマメなことをしているのは初めてのはずだ。

もしかして、今回だけは本気なのかもしれない。
そう思うとイヅルはなんだか嬉しくなる。
いつも飄然としていて掴みどころのない彼が、誰か一人に夢中になるとは相手はどんな女性なのか。
イヅルはとりとめのない妄想を膨らませ、頭上に広がる青い青い空を見上げ、大切な友人の幸せを願っていた。

 

 

 

 

 

ギンは軽やかな足取りで階段を降りきると、突然今降りてきた階段を素早く見上げ、誰もついて来ていないこと確認してから素早くその場を離れた。
足音もさせず廊下を走り、時々物陰に隠れ誰も居ないことを確認しながらある場所を目指す。

そこは誰も寄り付かない旧校舎。
ギンは旧校舎の一室の扉を、軽くノックした。

「僕や。入るで。」
「あ!・・・い、市丸さん・・・あの・・・!」

中から少しだけ慌てた花太郎の声が控えめにとび、ギンはそれでも構わず中へと滑り込む。

「・・・なんや、寝とってんか?」
「は、はい。先程、お休みに・・。」

中は昔の茶道部の使っていた和室で、花太郎によって今でも綺麗に掃除がされていた。
休み中追い回されるルキアを不憫に思い、この隠れ家のような部室を紹介したのはギンであり、その世話役を仰せつかったのが花太郎であった。

旧校舎は基本的に生徒の立ち入りは許可されておらず、ごく一部だけ部室として開放されていることも、多くの生徒は知らないことだ。
そんな場所へ、実習生が一人で入り込み休んでいる訳もない。
ルキアは休み時間中校外へ逃げ出していると、思われているはずだ。

花太郎は見た目の頼りなさや、弱気な物腰に反し、人目につかずこの隠れ家に来れる近道を知っているなど、
意外なところで役に立つ面があり、ギンはその意外性を見込んで、ルキアの昼休みの世話係という大事な役を頼むことにしたのだ。

畳の上で、ルキアは折りたたんだ座布団を枕に、無防備にすうすうと眠っていた。
身体には花太郎により、薄いタオルケットがかけられている。

「今日で十日ですものね。やはりお疲れだったようで、
ご飯を頂いていた時から欠伸を何度もしていたんですけど、食べ終わったらすぐ横になってしまって・・・」

その様子を思い出した花太郎は、その時のルキアの様子を思い出し、楽しそうに小さな声でクスクス笑う。

確かにいくら堂々とした態度であれ、慣れぬ授業に多くの生徒の相手をするのは大変なのであろう。
ギンは静かにルキアの安らかな寝顔を見つめ、それから花太郎を見た。

「そしたら、僕、いくわ。・・・見つからんように、気をつけなあかんよ。」
「は、はい!わかっています。」
「そしたら、後は頼んだわ。」
ギンは立ち上がり、扉へ手をかけたまま振り向いた。

「あぁそうや。まさかと思うけどな・・・。」
「は、はい?!」


「寝てるルキアちゃんに悪さしたら・・・君、死ぬで?」

にへらっと緩んでいたギンの目元が一気に鋭くなり、花太郎を射抜いた。


ざぁぁぁっ・・・・


花太郎の顔から一気に血の気が音を立てて引き去り、既に泣き出しそうになりながらも大慌てで顔を横に振りまくった。

「そ!そんな!!先生に悪さだなんて・・・!そんな・・・お、恐れ多くて・・・!!!」


激しく動揺する花太郎の様子に、ギンはにっこりと微笑みなおし、それから長い人差し指を自分の唇にあてた。

「そうやな。君はそないな子ぉとちゃうもんな?ごめんなぁ。悪いこと言うてしもうた。
せやから少し、声抑えてくれる?・・・時間前には起こしたげてな?」


花太郎は両手で自分の口を押さえ、涙ぐんだ・・・とゆうより半べそ状態で、今度は顔を必死になって立てに振り続けた。
その様子にギンは満足し、手をふり音もなく扉を開けて出て行った。

ルキア達がここにいる間、誰も近づけぬよう、旧校舎近くのいつも場所に腰を下ろして見張りにつく。
ギンがいつものように屋上で昼休みを半分程過ごすのも、あそこに集まるメンバーが間違いなくこの学校で一番の兵達であり、
誰かがルキアを探そうと言い出すことを警戒し、見張りを兼ねているのだった。


幸いなことに、休み時間までルキアを追い回すような無礼者はおらず、ギンは秘かに安堵する。
奴らが本気になったなら、自分一人でルキアを護りきることはさすがに難しく思えたからだ。



ギンはとりあえずポケットから携帯を取り出し、女と連絡をとっているフリをする。

「・・・これで、みっつ、やな。」

興味なく携帯をいじりながら、ギンは意味不明な呟きを漏らす。

あと十五分で、昼休みは終わる。
誰も眠り姫の邪魔はさせない。

ギンは長い脚を組み直し、携帯を手に呑気な様子を装いながらも、油断なく警戒し、鋭い視線を周囲へとはしらせた。

 

 

 

 

 

その日の放課後。
掃除のイヅルを待っていたギンは、教室に戻ってきた頬を赤らめ落ち着きない様子のイヅルに声をかけた。


「なんやのイヅル。おかしな顔して。」
「あ!あぁ・・・その・・・ちょっと・・・」
イヅルはギンの声に驚き、それから気まずそうに顔を伏せた。

「なんやの?イヅルもとうとう男から告白でもされきたん?」
「な?!ぼ、僕じゃないよ!!・・・・僕じゃ・・なくて・・・」
「僕じゃなくて?」

もちろん冗談で言ったつもりが、イヅルの反応にギンは訝しげに眉を寄せた。

「・・・見ちゃったんだ。」
「なに、見てん。」


「・・・ルキア先生が・・・告白されてるところ。」


そう聞き、からかっていたギンの様子が、ガラリと変わった。


声を落とし、やや凄むようにイヅルへと詰め寄る。

「どこで、見てん?」

「ぼ、僕今日図書館掃除だったんだけど、掃除が終わって一回部屋から出たんだ。
でも借りたい本があったの思い出してもう一度戻ったら・・・ルキア先生と誰か一緒で・・・
そしたら、『先生が好きだ』って言ってたから・・・」


「そいつ、誰や?」

「か、顔は見えなかったんだ。声にも聞き覚えはないから・・・多分、下級生だとは思うけど・・・」

「まだおるんか?!」

ギンは怒りさえもはらんだ声音でイヅルを睨み、その迫力にイヅルはビビり後ずさる。

「も・・・もういないよ!せ、先生、すぐに断って部屋から出て行ったし・・・」

「・・・そーかー。」


ギンは張り詰めた空気を一気に緩ませ、イヅルへ背を向け自分の机に戻っていった。


「・・・市丸くん?」
「すまんなぁイヅル。僕、急用出来てもうたわ。後で埋め合わせするさかい、今日はさいなら。」
「あ・・・うん。また、明日。」

イヅルは素直に頷き、薄い鞄を持ち教室から飛び出していくギンの背中を見送った。


やっぱりなにか、いつもと違う気がする。

今のギンは、一体何に心を支配されているのだろうか?


イヅルはギンの様子に何か違和感を感じながらも、その正体が掴めず、今度は不安げにギンの机を見下ろした。

 

 

 

 

 

ルキアは食料品の詰まったエコバックを手に、ややふらつきながら自宅目指してマンションの廊下を歩いていた。
丁度タイムサービスで、思わず予定外のものまで買い込んでしまった。
安さにつられたことを後悔し、袋の重さに足を取られそうになりながら、やっと扉の前にたどりつく。

ルキアは足元に袋を置き、ふぅっと息を吐き出した。
それからジャケットのポケットを探り、鍵を取り出そうとした時だった。


ガチャリ


扉が内側から開かれ、ルキアは驚いて見上げた。

「なんだ、もう帰ってーーー」
しかしルキアの言葉は、強制的にそこで切れた。

扉を開けた手は、足元にあった袋を玄関口に引きずりいれ、すぐにルキアの手を取り室内に引きずり込んだ。


「んんっ?!!!」


ルキアはそのまま長い腕に抱かれ、貪るように唇を塞がれる。


「んっ!・・・ふっ!・・・ん〜〜〜!!」
突然の口付けに、ルキアは抗議するように自由な片手で拘束する男の胸を叩く。


「・・・なんで、叩くん?」

「な・・・なんでもなにもなかろうが!なんだ!帰ってくるなり!お、驚くではないか?!!」


ギンは不服げに顔をあげ、ルキアは真っ赤な顔をしてギンの腕の中で見上げていた。


「せやかて、ルキアちゃんが悪いんよ?今日も幾つペナルティあったと思うてるん?」
「今日もあるのか?!大体お前の基準は厳しすぎる!私が一体なにをした?!普通に授業をしているだけではないか?!」

ルキアは露骨に顔をしかめギンから視線を外すと、腕の中からするりと抜け出し、買い物袋を手に台所へと歩み去る。
ギンはますます不機嫌に唇を尖らせ、その小さな背中を追い一緒に台所へと付いて行った。

「ひとーつ。僕、開襟シャツは禁止言うたよね〜?」
「アイロンをかけていたのが、コレだけだったのだ。別にこれくらい、いいではないか。
・・・それよりなんだ!あんなこと、公衆の面前で言うとは!そっちの方が余程ペナルティではないのか?!」
「僕の言いつけ守らんから、あかんのやって。」
ルキアは無言でギンを一瞥し、それからまた作業に戻った。

構わずギンはカウントを続ける。
「ふたーつ。僕以外の男に笑いかけたうえに、一緒に出て行ったー」
「日直に頼むのは当然だ!第一なんでもお前に頼んでは、不自然であろうが。」
ギンは大きな図体で狭い台所中ルキアの後ろについて回り、その様子にルキアは煩わしげに声を荒げる。

「みぃーつ。僕以外の男の前で、寝顔見せとったー」
「昨夜遅くまで色々準備していたのは、お前も知っておろう?!休み時間くらい、好きに休ませてくれ!!」
「ほんまやったら、授業で僕以外の男を指名した分や、話しかけよった分もあるんよ?
その辺サービスしとるんやから、これくらいは僕の言うこと聞いてくれなぁ。」

「私は授業の勉強をしに行っているのだ!つまらんことで、いちいち咎められては、何も出来ないではないか!!」
ルキアは苛々と叫び、買い物袋から買ってきた商品を台の上に出し片付け始める。


ギンは少しだけ後ろに下がり無言でルキアの背中を眺め、それから静かな声で問う。
「今日は、なんぞあった?」
「!・・・・・べ、別にいつも通りであったぞ?特になにも・・・」
ギンの問いかけに、ルキアは僅かに動揺しつつ、それでも何もないフリをした。



バンッ!



「・・・!」

「・・・よぉぉーっつ。」

ギンはやや声をひそめ、ルキアの左背後から小さな身体に半分覆い被さるようにして立ち、
左手を台に叩きつけ、その音にルキアは自分の顔の真横にあるギンを驚き見た。



するとギンは目を僅かに見開かせ、怒気をはらんだ鋭い視線を真っ直ぐにルキアと合わせる。



「他の男に告白されたんを、僕に黙っておった。」


「!!」



ルキアの瞳が驚きから狼狽に変わり、慌ててギンから視線を外す。

ギンは当然面白い訳もなく、右手でルキアの身体を拘束する。


「なんで僕に言わへんの?それは、ルール違反やろ?」

「・・・そ、それ・・は。」


うまい言い訳がみつからず、気まずそうに口ごもる様子に、ギンはルキアの左手を掴み、その薬指に銀色に輝く指輪をはめた。


「それに家帰ってきたら、真っ先に指輪してくれな、あかんやろ?」
ギンの左の薬指にも同じデザインの指輪がはめてあり、その手でルキアの左手を握る。



「隠し事したりしたらあかんやん。僕ら、もう夫婦なんやから。」

「・・・・すまな・・かった。」



ルキアは小さな声で詫び、ギンはまだ収まらぬ苛立ちに少しだけ強くルキアの手を握った。


「ほんま、ルキアちゃんは昔から変わらんねぇ。折角結婚出来たんに、僕毎日、全然安心出来んよ。」

ギンはルキアの耳元で淋しげにそう囁き、ふいに手を離すと背を丸めリビングへと去ってしまった。


一人台所に残されたルキアは、ギンの手によりはめられた左の薬指の指輪を見つめた。

余計な心配をかけたくなくて黙っていたことが、かえってギンを傷つけてしまった。
ルキアは己の軽率さを後悔し、なんの物音もしない、ギンがいるはずのリビングへと視線を移した。



今日は、二人が入籍を済ませてから、丁度一ヶ月目の夜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 さんぽさんからのリクエスト!『ルキア総受けギンルキ学園パロ』なんですが・・・
 もっと細かい設定で『奥様は教師で旦那様が生徒』なんです!
 世間では『旦那が教師で奥様が生徒』は数あれど、その逆版はないので!とゆー、かなり斬新な設定に挑戦してみました!
 言うまでもなく、実習期間がいつ頃あるとか、旦那の学校に教育実習にいくなんて無理なんじゃん?!
 などの疑問・意見等色々あるでしょうが、そこはグッとこらえて頂き、この逆転設定をお楽しみ頂きたいと思います☆
 それから登場希望された人や死神の皆様。無茶は承知で同級生でまとめて登場!
 ・・本当は学年わけるつもりでしたが、分けると絡ませるのがちょっと難しく、すぐに挫折しました!(堂々)
 なんだかうまくまとめられずに、無駄に長くなってしまいましたが、
 後半戦は学園パロゆうより、二人の歴史?の紹介みたいな感じになりそう・・・
 うまいこと展開書けない、才能ないって悲しいことです☆
 それでもない才能振り絞って書きますので、最後までお付き合い頂けたら、それだけでもすっげー幸せに思います!
 2008.11.22

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