「・・・何をそんなに熱心に見ていらっしゃるんですか?」
「もうすぐ、柿の季節やなぁ思うたら、楽しみでなぁ。」
「・・・そうですか。」
ギンの大好物が嫌いなイヅルは、ややげんなりと顔を背ける。
いくら丁重にお断りしても、この隊長は今年は特にうまいと言ってイヅルが食べるまで絶対にあきらめない。
なのでイヅルの干し柿嫌いも年々ひどくなるのだが、そんなことこの隊長には関係のないことだ。
「それより隊長。お部屋へお戻りください。お客様が、みえてますよ。」
せかすイヅルとは対照的に、ギンは惚けたまま問い返す。
「客ぅ?誰やの一体?」
「十三番隊の朽木さんですが。」
「ルキアちゃん?!」
ギンはルキアの名を聞いた途端、一瞬前と同じ者とは思えぬ形相で振り返ると同時に縁側へ駆け上がる。
「イヅルのアホ!それを先に言いや!!」
「・・・な?!」
すれ違いざまギンに怒鳴られ、イヅルは目を丸くして立ち尽くし、既にギンの姿はその場から消えていた。
ギンは足音も荒く、喜び勇んで自分の隊長室の扉を開けた。
「ルキアちゃん!僕に会いに来てくれたん?」
「・・・騒々しいぞ。市丸隊長。もう少し声量を落としてくれても十分聞こえる。」
ルキアは客用の長椅子に腰掛けたまま、ギンの方も見ず手にした茶碗を茶たくへと置いた。
ギンはしっかりと扉を閉めると、嬉々としてルキアの隣に座り、擦りつくように寄っていく。
「そやかて!二人で会うの久しぶりやん!僕淋しかったんよ〜」
「・・・たった五日ではないか。」
あきれたようなルキアの態度に、ギンは多少憤慨してルキアに言う。
「なに言うの?五日も!やん!」
しかしいきりたつギンを無視してルキアは口を挟む。
「ところで隊長ともあろうかたが、一人きりでどこへ行っていたのだ?
行方が知れぬと、吉良殿が困っていたぞ。」
「どこにも行かへんよ?庭で僕が植えた柿の木見てたんや。」
「・・・あぁ。そういえば、そんなことも言っていたな。」
「今年は僕が作った干し柿、ルキアちゃんも食べてくれるやろ?
去年まではあげる言うても絶対受け取ってくれんかったしな。」
ルキアはその頃の自分の態度を思い出し、やや決まり悪くひとつ咳払いをした。
「・・・まぁいい。貴様は是に名前を書けば、それで私の用件は済む。」
そしてルキアは言付かった書類をギンの目の前に広げて見せた。
それは護廷十三番隊の隊長全員の署名が必要な書類で、空欄は三番隊のみであった。
それを見た途端、ギンは面白くなさそうに眉をひそめる。
「・・・なんや、ほんまにお仕事やったん。」
「なんだと思ったのだ?」
「・・・僕今日、誕生日なんよ?」
「わかっている。もう祝いの贈り物は、渡したであろう?」
「・・・」
確かにギンはルキアからの贈り物を受け取っていた。
それも五日も前に。
ここ数日なにかと忙しくなるから早めに渡すと言われたのだ。
それは深い灰色の縞織の着流しで、涼しげでありながら上品な雰囲気を持ち、
長身で銀髪のギンにとてもよく似合うものだった。
ギンはルキアに見せつけるように大袈裟な溜息を吐きだし、書類を受け取り肩を落として自分の机へ戻っていく。
しかし椅子に座ったギンは書類を机の上に投げ出すと、
自分もばたりと机の上に突っ伏し、そのまま動かなくなった。
完全に、拗ねてしまった。
その様子に、ルキアこそ本気で大きな溜息を吐き、長椅子から立ち上がると、
ギンの後方に開け放たれた障子窓に近づき、窓を閉め始める。
全ての窓を閉めると、ルキアはギンの隣に立ち、小さな声で話し掛けた。
「早く場所を空けろ。」
「はい!ええよ♪」
するとギンは待ってましたとばかりに跳ね起きて、やや椅子を後ろに下げた。
ルキアはなんの躊躇も無くギンの膝の上に乗り、
ギンは喜色満面の笑みを浮かべたままルキアの身体を支え抱き締めた。
もう〜〜〜ほんまにルキアちゃんは甘えん坊さんやねぇ♪」
「たわけ。誰のために、こうしていると思うのだ。」
声音も弾むギンとは対照的に、ルキアは冷静に目を細めギンを見やる。
>それでも負けずにギンはルキアに、頬擦りする勢いで抱き締めた。
「あぁ〜〜もうほんま、ルキアちゃんは可愛いなぁ!なんでこない可愛いんやろ?!僕もうめろめろやぁ〜〜〜♪」
「うるさいぞギン。外に声が漏れるであろう。」
「そないなこと気にしぃなや。ちゃあんと術,
施してるんやって!」
ギンはにやりと微笑んで、やっと腕の中に収まった恋人に口付けを請う。
ルキアはそれを許し、大きな瞳をゆっくりと閉じた。
二人がこんな関係になってから初めてのギンの誕生日。
>
本当は仕事の後私邸に二人で食事でもしたいところであったが、
朽木家でなにやら予定があるらしく、今日の逢瀬はないことになっていた。
ギンは今まで自分の誕生日を恋人(そう言えるまでの仲でもないが)と過ごそうなど、一度も思ったことはない。
誕生日も平日もなんの変わりもなく過ごせたのに、ルキアと共に祝えないことは少なからずギンを落胆させており、
思いがけず二人になれたこの時間は、何によりも大切で嬉しい贈り物になった。
ギンはまず軽く唇を重ね、それから啄ばむように音をたてて口付ける。
それから一度唇を舐め、そのまま舌を口中へ侵入させ、ルキアの舌を絡め取った。
ぴちゅ・・・くちっ・・・ぴちゃ・・・
二人の口元から、舌が擦れ合い、いやらしい水音が響く。
「・・・んっ・・・はぁっ・・・・ふっ!・・・んんっ・・・!」
控えめながらもルキアの口から、甘い喘ぎが漏れ出し、ギンの背筋にゾクゾクとした甘い痺れが這い上がる。
次第に理性が飛びはじめ、己の行動が制御不能になりつつあるギンは、
激しい口付けを重ねもっともっととルキアを欲しがる。
間もなく我慢の限界を飛び越え、ギンの左手がルキアの襟元を割り柔らかな胸をまさぐろうとした瞬間、
ルキアの身体はギンの下から消えていた。
「ここまでだ。」
見るとルキアは机の前に立って、すました顔で乱れた髪を直している。
当然ギンは不満に声をあげるしかない。
「えぇ〜〜〜?!ここまでやのうて、ここからやろぉ?!」
「・・・バカを言うな。貴様はここでなにをする気だ。」
「なにって、あれしかないやん。」
「・・・もう良い。早く名を書け。私は戻る。」
憐れな声で追いすがるギンの手を払い、無情にルキアは言い切った。
ギンはしぶしぶ言われた通り名を書き、ルキアへと書類を渡す。
「はじめから、大人しく書いていればいいものを・・・」
「へえへえ。えろうすいませんでしたなぁ。」
またしても拗ねたギンは、頬杖をついたままルキアから顔を逸らす。
ルキアは一旦扉まで歩みかけ、それから立ち止まり一瞬逡巡すると、
もう一度ギンの側に舞い戻り、手にした書類を机の上に置く。
「ギン・・・」
低い声でルキアに呼ばれ、ギンはむくれた表情のまま振り向いた。
するとルキアの小さな手がギンの顔をしっかりと挟み、
ルキアが出来る精一杯の甘さでギンの唇に吸い付いた。
そして唇を離すと、ギンの耳元で艶めいた声で囁く。
「ギン、誕生日おめでとう。
貴様のような性悪狐でも、いてくれて私は嬉しい。来年は必ず二人で祝おう。
・・・続きは、また、な。」
そして二人は間近で顔を見合わせると、やけに挑発的に色を含んだ表情で、ルキアが微笑んだ。
「ルキアちゃ・・・!!」
ギンは手を伸ばしルキアを捕まえようとするが、
そんなことは心得ているとばかりにルキアはその手をうまくかわし、
ついでに机の書類も手にして扉の前に立っていた。
「・・・それでは、市丸隊長。失礼致しました。」
既に外面の仮面を被ったルキアは律儀に頭を下げ、
椅子から立ち上がったまま呆然としているギンを置き去りに、音も無く扉を閉めた。
残されたギンはしばらくそのまま立ち尽くし、それから脱力して椅子へ座り込む。
そして嬉しげに喉の奥でくっくと笑う。
「・・・かなわんなぁ。」
出会った時は、忌みしい目つきで見られ、近づこうとするだけで警戒された。
それが今は艶やかな女の笑みで、僕を見る。
来年の誕生日には、一体どんな顔を見せてくれるのか?
ギンは初めて自分の誕生日が待ち遠しく感じ、
弾む想いを抑えきれず閉じた窓を開け放つと、そこから外に向って力いっぱい跳躍した。