ルキアは駆ける。

真っ黒な死覇装をはためかせ、駆け跳ぶ姿は小さな弾丸のように。
脇目も振らず、ひたすら速く速く遠く遠くへと。





『 鬼ごっこ 』





いつの間にか流魂街を抜け、虚も生息する危険な森の奥までやってきてしまった。
鬱そうと生い茂る木々の間を縫うように走り、更に駆けようとした瞬間ルキアは異様な気配に足を止めた。

―――まずい。

夢中で走り過ぎ気付くのが遅すぎた。
ルキアは嫌な気配にあてられ全身から冷たい汗が吹き出てくる。


先日討伐に出た先行隊が深手を負わされた、強く危険な虚の行動範囲内に飛び込んでしまった。
今更背を向け逃げ出してはかえって危険だ。

もう虚の気配はすぐそこにある。
仕方がない。
休日だったため袖白雪を持って出なかったことを悔いたが、もう遅い。

ルキアは覚悟を決め、両手を構え鬼道を唱える。

―――なぜ、こんなことに。
ルキアは原因になった性悪狐を思い出し、小さく毒づく。

―――貴様のせいだ!!!

次の瞬間、木々の隙間から醜悪な虚の姿がのそりと現れ、ルキアは先手必勝とばかりに鬼道を唱えた。
激しい爆発音が轟いたが、やがてそれは森の奥に吸い込まれそして消えた。

 

 

 

ほんの数十分前。

「だーれや?」
十三番隊隊舎を出たところ、ルキアは目の前を後ろから手で覆われ、かなり上から声がふる。
ルキアは心底うんざりしながら、目を覆った手を静かに払う。

「・・・市丸隊長。何か御用でしょうか?」
「すごいわぁルキアちゃん!一発で当てるなんて、やっぱ僕らは両思いなんやねぇ。」
「・・・」

そんな喋り方をする奴を今の尺魂界でルキアは一人しか知らない。

ルキアは無言でギンを冷ややかに一瞥すると、そのまま歩みだそうとする。
しかしギンはあきらめず、子犬のようにルキアにまとわりついた。

「なな、今日休みなんやろ?なんでこんな所におるん?」
「・・・今日が期限の事務処理がありましたから。」
「えらいわぁ!そんなん、明日までほってたらよかったんに。」

あなたに絡まれるくらいなら、本当にそうすれば良かった。
ルキアは心でそう返す。

「・・・市丸隊長のようにはいきませんから。」
「あぁ!言われてもうた!ルキアちゃんは厳しいなぁ。」

言葉とは裏腹にギンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
対照的にルキアは表情を険しくするばかり。

今日は久しぶりの休日だったのだが、忘れた事務処理を行うためにわざわざ十三番隊舎へ出向いてきた。
用事はすぐに終わり、屋敷に戻って死覇装を着替えたら気に入りの茶店で白玉を楽しもうと思っていたのに。

私は余程ツイていない。


不機嫌になる表情を隠しもしないルキアを眺め、ギンは声を殺して嗤う。
「そしたらもう用事終わったんやろ?僕と鬼ごっこして遊ばへん?」
「・・・お断り致します。」
ふざけたギンの申し出にルキアは怒りを覚えたが、腹の中で無理矢理怒りを潰し感情を殺した声で一蹴する。
するとギンはルキアの目の前に立ち塞がり、片手の親指と人差し指をあわせ円を作りニヤリと笑う。


「ただとは言わんで?」

ルキアは尚もくだらぬ事を言い募るギンを不快に思い、その感情そのままにキツく睨みつける。
「・・・お金を頂いて、鬼ごっこをするのでしょうか?」
「くっ!いややなぁ!お金もろてもルキアちゃん嬉しゅうないやろ?
お金よりええもんや。ルキアちゃんにも悪くない話や思うで?」

ギンは堪えきれず声をあげて笑い、それからルキアへと顔を寄せた。
反射的に嫌な顔をしてルキアは顔を引く。
それでも構わずギンは顔を寄せ、楽しげに説明をする。

「制限時間は一時間。僕が鬼でルキアちゃんが逃げる。
捕まらなければルキアちゃんの勝ち。ご褒美にルキアちゃんの言う事何でもきいたる。」

「何でも?」
「そう、何でもや。」

「・・・市丸隊長が今後一切私に関わらないというのでも、良いのでしょうか?」
「真っ先にソレかい!・・・しゃあないなぁ。何でも言うたからには、絶対守ったる。」

ルキアはしばし考え込む。
はたしてこの男が約束を守るだろうか?
いつもの口先でのらりくらりと言い訳をして、結局何も変わらないのではないか?
それなら少しでもこやつの暇つぶしに付き合う意味がない。

そんなルキアの心中を察し、ギンはもう一度言う。
「信じられんのやったら、誓約書でも書いたろか?血判もつけてな。
約束破ったら、この『神鑓』ルキアちゃんに渡してもかまへんよ?」

そう言うと腰の刀を揺らして示す。
脇差のような華奢な作りの『神鑓』。
本来の威力を発揮するのはギンの呼びかけしかない。
その刀を渡すとまで言うのなら、少しは信じても良いのかもしれない。
束の間の戯れで日々の安息が得られるなら、乗っても損はない。

しかし気がかりはまだある。

「・・・では、私が負けた場合はどうなるんでしょう?」
「僕が勝ったら、ルキアちゃんから僕に接吻してくれるのはどうやろ?」
「!!なっ・・・!」
「僕なんか負けたらもうルキアちゃんと話しも出来へんようになるんやで?
どうしても嫌なら、勝ったらええねん。・・・どうする?」

ルキアは迷った。

勝ったら安息の日々。負ければ屈辱的な行為の強要。
それに考えてみれば、本気になったギンから逃げ切れる確率は低い。

性格に難あれど、相手は三番隊の隊長だ。
その能力は計り知れず、さすがに分が悪い。
くやしいがこれは引いたほうが良いだろう。
そうルキアが決めかけた時だった。

「あと、もうひとつおまけに僕は瞬歩は使わへん。」
「瞬歩を?・・・本当ですか?」
「僕が瞬歩なんて使こぉたら、こんな鬼ごっこ一瞬で終わるわ。
だから絶対使わん。どや?なかなか楽しくなってきたやろ?」

ルキアは俄然やる気が満ちてきた。
いくら隊長相手でも、瞬歩なくしては捕まる気がしない。
もともとルキアの移動速度は速い方なのだ。
本気で逃げれば一時間でここから流魂街より向こうへ行く自信がある。

これなら勝てる!

ルキアは瞬時に姿勢を低く構えて不敵な笑みを浮かべ鋭く言い放つ。
「ならば・・・お受け致しましょう!」


すでにルキアの姿はなく、ギンは始まった遊戯に満足し、嬉しそうに空を見上げる。

「・・・ほんまに失礼な子やなぁ。」

そして空を仰いだまま、やけにのんびりと数を数え始める。
「いーち、にぃーい、さぁーん・・・」

承知の上とはいえ、ルキアがどれだけ自分と離れたがっているのかがわかり、ギンは苦笑するしかない。
それでもルキアとの遊戯は心から浮き立ち、どうしてもやめられない。

そう、やめるわけにはいかないのだ。

「・・・きゅうじゅーはーち、きゅうじゅーきゅー、ひゃぁーく!」
ギンは気を研ぎ澄ませルキアの霊圧を探り、広い瀞霊廷に意識を飛ばしすぐに見つけた。
ルキアは瀞霊廷から流魂街へ入り込み、すごい勢いで移動している。

「・・・もう、そないなところにおるんかい。」
ギンは目を見開き、そちらへと顔を巡らせる。

それでも絶対逃がさん。

遊びが楽しくて仕方がない子供のように、ギンは悪戯な笑みを浮かべ愛しい少女の元へ疾風の如く駆け出した。



ルキアは肩に受けた傷を庇い、息も荒く背にした大木に寄りかかる。

やはり刀もなく鬼道だけでは倒すのは無理がある。
鬼道でなんとか目くらまし、逃げようとして失敗してしまった。

左肩から血が流れる。
これはまずい。本当にやられるかもしれない。
この状況にルキアは恐怖以上に怒りがあった。

―――この最悪の事態の原因が、まさか鬼ごっことは。

このことを兄様や恋次に知れたらなんと言われるか、想像したくもない。

狐の口車に乗ってしまった自分も悪いが、それでもその狐に怒りを感じる。

鬼から逃げて時間は五十五分を過ぎている。
付近にギンの気配はなく、賭けはルキアの勝利で終われそうだ。
もっともこのままでは、その勝利の報酬を受け取ることは不可能になりそうなのだが。

虚はルキアのすぐ目の前で醜い顔から長い舌を揺らし、獲物を追い詰めた優越に浸っていた。
言語能力も持たない下級虚のようなのだが異常に素早く、残念ながら隙はみつからない。

次の攻撃を避けれなければ、ルキアの命は風前の灯だ。

それでもルキアはあきらめず、攻撃をかわし別方向に飛ぶ準備をする。
虚は揺らしていた舌を止め、ルキアに向かって鋭く飛ばす。
―――きたっ!!
ルキアは計画通り別方向へ思い切り跳ぶ。
しかし、真っ直ぐ向かってきた舌は途中で軌道修正し、ルキアの腹にめがけ飛んできた。

―――まさか?!

飛びながら自分に向かって飛んでくる大きな舌に、ルキアは絶望と恐怖が巡る。
これはもう避けられない!
ルキアはこの舌が己の腹をえぐるその瞬間に備え、咄嗟に固く目を瞑り、腹に力を入れ自然と息を止めた。

しかしその舌が届く前に、強大な霊圧が津波のように一体を覆い、舌の動きも硬直させた。

「射殺せ『神鑓』!!!」
いつもは人を嘲るしかない声が、聞いたことのない真剣さで吠えるように叫んでいる。

そう思った瞬間、ルキアは細い胸に抱かれていた。

目の前では神鑓に刺された虚が体液をぶちまけバタバタともがき、最期の抵抗をしているようだった。
ギンはルキアを抱いたまま神鑓をあやつり、刺された箇所から虚を真っ二つに引き裂く。

ギョオオオォォン!!

辺りを震わす強烈な断末魔をあげ、虚は完全に動きを止めた。

ルキアが襲われた怒りか焦りか、ギンの表情も厳しく虚を睨みつけている。

ルキアはその時になって初めて、自分がギンに救われた事に気がついた。
優しくもしっかりと抱かれ、ルキアはギンを見上げた。
ギンはルキアを傷つけた虚退治が済むと、胸からルキアの熱い視線を感じる。
ギンは胸にたまった鬱積を吐き出すがの如く、深い深い溜息をした。

「・・・勘弁してやルキアちゃん。キミどこまで逃げようとしてん?」
死なれてしまうと、流石のギンも手出しは出来ない。

ルキアの無事を確認し、やっと安堵したギンは力なく微笑みルキアを見た。
虚との戦いであちこち汚れや傷があっても、ルキアの高潔さは失われず、かえって強い美しさを感じさせる。
ルキアは驚きと安堵で深い菫色の両眼を潤ませ、熱っぽくギンを見つめている。
真っ白い頬をほんのり赤く蒸気させ、愛らしい唇は震えながら何か言葉を紡ごうと開かれる。
ギンもルキアを見つめ、感謝の言葉か、愛の言葉か。その言葉を待つ。

しかしそんなギンの期待をよそに、ルキアは思いもよらぬ一言を放った。

「・・・瞬歩を使ったな?」
「・・・はい?」
「貴様、瞬歩を使ったであろう?」

ルキアの潤んだ瞳は見る間に熱が引き、いつもの強い光が宿りきつい調子で詰問された。

・・・あれ?なんやおかしいなぁ?

ルキアの様子にさすがのギンも唖然とする。
ここはもっと、ギン様素敵―!なことになってもいいはずなのに。
ギンの腕の中に大人しく納まったまま、見上げるルキアは完全に普段の顔に戻っていた。

なんとなく混乱しながらも、ギンはルキアの問いに答える。
「・・・そうやね。間に合わへんと思うたから瞬歩、使こうたね。」

「よし!それでは賭けは無効だ!!」
「はっ?」
「時間内に捕まってはしまったが、お前は使わないと言った瞬歩を使った。
本来ならば私の勝ちになるが、助けてもらった貸しもあるから、この賭けは無効だな。」

絶体絶命の危機を救われ、第一声がそれなんかい!!

唖然としすぎてギンは声も出せず、しかし心の中では全力で突っ込む。

「貴様もそれでいいであろう?・・・ではもう大丈夫だからそろそろ下ろしてくれ。」
ポカンとしたままでいるギンの腕からさっさと離れようと、ルキアはもがく。

正気に戻ったギンは腹立ち紛れに、力一杯ルキアを抱き締めた。
「痛っ!貴様!なにをする!放せ!」
「〜〜〜放しててたまるかぁ!!!」
珍しく声を荒げ、ギンもルキアに応戦する。

「放せ助平!変態!性悪狐!!」
「ぜぇったい、いやや!!助けたげたのに、なんちゅう口ききよるん?!」
「うるさい!元はといえば貴様が悪いのであろうが!」
「元は僕かもしれへんけど、こないな所に来よったんはルキアちゃんが悪いんやろ?」
「そっ、それは・・・貴様から逃げることしか考えていなかったからだ!」
「そんなん僕には関係あらへん!やっぱりルキアちゃんが悪いんやん?!」
「うっ、うるさい助平!とにかく放せ!!!」
自らの非は明らかなので口喧嘩では分が悪いとルキアは再び暴れもがき、ギンの腕から逃れようと必死になった。

ギンはふと今の状態を冷静に考え、思わず裏のない笑みが浮かぶ。
僕が女の子相手に本気で言い合いしよるなんて。
腕の中では愛しい少女が無駄な抵抗をし、放せ放せと喚いている。
ああ、なんちゅう可愛い子なんやろう。
負けん気が強く、敗北を決して認めようとしない。
弱いところを暴かれるのを恐れ、力一杯虚勢を張る。
ひどく脆く儚いくせに、それ以上に強い意志を内面に潜ませている。

好きやなぁ。ものすごい好きで堪らん。

やっとギンは本来の調子を取り戻し、ルキアをしっかり抱きかかえ瀞霊廷へ戻るために歩き出す。
「なっ!こら、下ろせ!市丸!一人で歩ける。」
なおも抵抗するルキアを見下ろし、ギンはいつもの上辺だけの笑みを見せた。

「市・丸・隊・長。命の恩人にそんな口きく子には、お仕置きが必要やね。」
「!!な!」

ギンは言うが早いが、ルキアの唇を己の唇で優しく塞ぐ。

瞬間ルキアは身体を強張らせ動きを止めた。
ショック状態で動けないのをいいことに、ギンの舌はルキアの口内を侵食していく。
「ふくっ!!!」
舌が舌を絡め取る経験した事のない淫靡な感触にルキアは一気に覚醒し、耳まで赤く染め抵抗の為ギンの胸を叩く。
それでもギンは更に深く舌を吸い上げ、もっと深く濃密な刺激を与えた。

「!!・・・んんっ・・」
長い時間をかけた深い口づけにルキアの手からも力は抜けると叩くことをやめ、震えながらギンの襟を強く強く掴む。
その手からも完全に力が抜けてしまうまで、唇は解放されず呼吸さえままならずルキアは意識を混濁させた。

ギンはやっとのことで顔を上げ、顔を真っ赤に染め荒く呼吸を乱す腕の中のルキアに見惚れる。
口付けだけで許すつもりが、ギンの心に欲望の炎が燃えていた。

まずは傷を癒して・・・それからどないしようかな?
やっと手に入れた恋焦がれた美しい少女と、今度は何で遊ぼうか?
想像するだけでギンの笑いは止まらない。


ルキアは鬼に捕まった。その後の事はその鬼次第。

銀髪の鬼は心底嬉しそうに微笑みながら、捕まえた愛しい娘を大事に抱えどこへともなく消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわけ
 追いかけ、追いかけられての設定が好きです。(鬼ごっこではなく)
 迷惑がって逃げる女の子を全力で追う男。男の執着心・嫉妬心・独占欲は超一級品!
 これまた現実世界では迷惑でしかないんですが妄想なのでよしとして下さい!(笑)

 例えば『赤ずきんチャチャのセラヴィー×どろしー』の関係ですね。(わかるかな?)
 私のギンルキの基本はそんな関係です。今後もルキアには嫌がってもらいたいですな(笑)                        2008.5.26

gin top

material by 戦場に猫

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