それがあっての現在。
ルキアが記憶を失ってから回復する様子もなく、既に一ヶ月も経とうとしていた。

10日ほどは突然の己の不幸を嘆き悲しみにくれていたギンであったが、段々この理不尽な現状に不満を募らせるようになり、
イライラした鬱憤を手近にいる罪なきクラスメートに当たり散らすようになっていた。






市丸ギンは機嫌が悪い   〜 第3話 〜





 

例えば授業中に私語があると突然机を叩きつけ、居眠りしていると椅子を蹴られる。
さすがに女生徒にはそんな狼藉を働かぬものの、同じ教室内でこれを見聞きしているのは怖いことだし、
独り身に戻った今がチャンスとばかりに言い寄る女達は取り付く隙なく無下に振り払っていた。

お蔭で最近の教室内は常にピリピリした緊張状態が続き、ギンの機嫌を伺い息を潜めていた。
普段何事にも惑わぬ温厚なタイプほど、機嫌を損ねるとやたら凶暴で面倒なことになる。

知らなければ耐えられるが知ってしまえば耐えられない。
とても柔らかで温かく心地よかったはずなのに、今は手の中でどんどん固く冷たくなっていくルキアとの恋。

だからと言って手放してしまう事もできず、ただただその冷たさに熱を奪われ続けるギンの心は疲弊しきっており、
無様な己を嗤うことも憐れむことも忘れ、ぼんやりとベンチに腰かけていた。

もちろんこれは、あのベンチ。
ルキアと熱いキスをしていたベンチである。

見ているだけでも嫌がられる辛さに耐え兼ね教室を出たが行き場はなく、誰もいない静か過ぎる家にも人で溢れる賑やか過ぎる街も避けたギンが落ち着くのはいつもここだ。
ここに座って思い出すのはいつもあの日のこと。

キスをし過ぎて怒られ、でも最後に初めてルキアから頬にキスをくれた甘い時のこと。
虚しい行為とはわかっていても、短期間とはいえ日々ルキア一色になっていたギンに他にするべき事は見つからない。

どれほどの時間がたったかわからぬが、昔から聞き馴染んだ5時をつげるメロディが流れてきた。

「・・・さっむ。」

二人なら良くても一人ぼっちの日暮れた影の中はさすがに寒く、ギンは寂しい独り言と一緒に重いため息をつきながら億劫そうに立ち上がった。

「あ・・・!」

「・・・あ」

小さい叫びに顔を上げたギンがそちらを向くと、そこにはルキアが立っていた。

記憶が戻り自分を求め来てくれたのではと期待したが、自分を見る表情の浮かなさに希望は一瞬で弾けた。
それでもどんな形であれ、こんな間近で二人きりになれた事は少なくとも嬉しく感じながらも、これ以上ルキアを怯えさせぬよう抑揚のない声をかける。

「どうしたん?なんで、ここにおるの?」

「いえ、あの・・・よ、よくわからないのですが、足の向くまま歩いてみたら、ここに・・・」

「ふぅん。そうなんや。
ここはなぁ、君と僕がよぅ一緒に来たんやけど・・・覚えとる?」

「・・・・・す、すみません。」

「・・・・・学校ではどうなん。不自由しとるの?」

「勉強や、友人達の事は、なんとなくならわかるようになってきたので・・・それほどは。」

「そーかぁー。そしたら僕ん事だけかぁ。僕んことだけ、なーんも思い出せんの?」

「・・・・・」

責めるつもりは毛頭なかったが、今まで口に出したら溜まりに溜まった不満が溢れ出て止まらない。
こんなにも愛しているのに、どうしてルキアは思い出してくれないのか。
ルキアを求めて止まぬギンの欲望は黒く渦巻き、我知らずルキアに向い歩き出していた。


「なんでぇ?僕ら付き合うてたはずやのにそんなんおかしない?
他ん事ばっかり思い出しとるくせに、僕ん事は忘れたまんまで、顔見ると怯えた顔して必ず逃げるし隠れてまうし・・・そんなん随分、不公平やなーい?」

「あ、の・・・私、もう、帰りますので・・・」

「あっかーんよ。」

「えっ!?あ、あの、離して・・・・・!」

危険察知したルキアは後ずさったが、もう遅い。


不穏な空気をまき散らし、怒っているより凄味のある笑顔を張り付けたままギンはルキアの手首を掴むと引っ張り歩き出す。
5分としないでマンションへと到着すると、有無をも言わせずギンはルキアをエレベーターへと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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※次回はお待たせ『超・R-15』編です。
 おったのしみに〜? 
 2016.7.21

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