呪われている。

鮮やかな色と光に彩られた街並み。
街並みを楽しげに歩くのは、小さな子供連れの家族であったり、仲の良い友達同士であったり。
その中でも一際嬉しげに見えるのは、幸せそうに微笑む恋人達ではないだろうか。

教会では賛美歌が流れる聖なるこの夜に、一人ひどく場違いな思いを抱き、ルキアは暗い我が家へと帰り着いた。






『ナイとメアー・ビフぉア・クリすマス』





現代のバベルといえる超高層億ションの最上階。
室内に入ったルキアは明かりもつけずにコートを着込んだまま、リビングに広がる大きな窓へと真っ直ぐに歩み寄ると、
僅かに開く窓を開け、そこから下界を見下ろした。

暗い室内から眺める街並みは多くのイルミネーションが輝き、いつも以上にキラキラと光っている。
ルキアのクリスマスは毎年朽木家関係の豪華なパーティーに招かれ、その対応に追われていたのだが、
今年は海外赴任中の兄からその役目を免除され、高校の友人達と過ごして良いとお達しが出ていたのに。

初めて経験するはずだった、友人達と過ごすクリスマス。
それがカラオケ店で行われる高校生の催しであったとしても、そのささやかさを何よりも楽しみにしていたルキアは、
突然のパーティー中止にひどく落胆し、窓から流れ込む冷たい冬の風に吹かれながら、重い重い溜息を白い息に変え吐き出した。

それにしても、この事態は“呪われている”としかいいようがない。

総勢十名程で企画されていたクリスマスパーティー。
まさかルキア以外全員に急遽用事が出来るなんて、そんな事が有り得るものだろうか。
誰かは本人の体調不良で。
誰かは家族の体調不良で。
とにかく、皆まんべんなく小さな不幸が降りかかり、気づけばルキア以外皆が家に帰らなければならなくなっていた。
これを呪われていると言わずしてなんと言えば良いのだろう。

たった一人残されたルキアは、楽しげな街のどこにも寄り道せず家へと辿り着き、暗い室内で寂しげに明かりを見つめるしか出来ない。

空は寒く厚い雲に覆われている。
そろそろ雪でも降り出すのだろうか?

そう思い空を見上げた視線の先に、思いがけないものがルキアの目に飛び込んできた。

見上げた空に、それもルキアからそう遠く離れていない所に、あまり大きくない二つの木片のようなものがふわふわと浮かんでいる。

・・・あれは・・・・・・なん・・・だ・・・ろうか・・・・?

それは、なんと靴底だったのだが、瞬時にルキアはそう理解など出来ず、宙に浮かんだその物体をただただぽかんと見つめるしかない。
靴の次に現れたのは、その靴を履いた両足、そして腰、上半身と、ルキアが見守る内に徐々に姿を現していく。
そして完全に全身を現し突如出でた男は、窓の向こう側でキアと同じ目線に降りてきて、にっこりと微笑みルキアに向って一言言った。



「メリークリスマース♪」


「・・・・・・・・・」


やけに愛想うよくおどけたように男は言うが、ルキアは相変わらず動けぬまま、笑いながら浮かんでいるその男を凝視するだけ。

宙に浮いた男は短い銀髪に渋い赤茶色のスーツ姿にキチンと革靴を履いており、狐のような細い面差しでニコニコと笑っている。
そう、男はベランダの向こう側で、当たり前のように宙に浮かんでいるのだ。
朽木家所有の高い高い高層マンションの最上階で、別にヘリから吊らされている訳でなく、体に命綱をかけるでもなく、
ひどく当たり前のようにベランダの向こう側に浮かび、この男はルキアに向って微笑みかけているのだ。


私は、夢でも見ているのか?

本当は家に帰り着いた途端、不貞寝でもしてこのような奇妙な夢を見ているのだろうか?

そうでもなければ説明のつかない男の状況に、ルキアはやはり男から視線を逸らせぬままに硬直し続ける。

「・・・・・なぁ。僕メリークリスマス言うてるんやけど、君はサンタさんやぁ!言うて喜んでくれんの?」

しかし、なんの反応も示さぬルキアを男はつまらなそうに見つめ、滑るようにススーッとルキアの側へと近づいてきた。
これにハッとしたルキアの時間は動き出し、ひゃぁっ!?と言って開けていた窓を慌てて閉める。
そしてガラス越しに男に向って声を張り上げた。

「お、おおおおおおお前はなんだ!何者だ!ど、泥棒なのか!?」

「いややなぁ〜。折角赤い服選んで来たんやし、せめてサンタ見習い位言うて欲しいなぁ。」

「そ、そんな痩せたサンタがどこにいる!?」

「せやからぁ、ちゃぁんと見習い言うたやろ?」

「貴様にように見るからに怪しい者がサンタな訳なかろう!?」

「人を見た目で判断したらあかんよ。」

「ふざけるな!貴様は人ではなかろうが!!!」

防音機能も備わった強化ガラス越しの会話だというのに、男の声は聞き淀みもなく、直接ルキアの頭の中へと響いてくる。
ルキアの突っ込みに、男は嬉しげにくすくすと笑みをこぼしわざとらしく小首を傾げた。

「あら?バレてもうた?」

「最初からわかっておるわ!人が宙になど浮くものか!!」

「あはは〜それもそうやね〜。人間ゆうんわ、随分不便に出来とるもんねぇ。」

上機嫌に笑いながら、男はその場でくるりと一回転してみせる。
誠に不可思議な状況下である事に変わりはないが、幾度か男と言葉を交わすうちにルキアの気持ちもやや落ち着きを取り戻し、
上擦っていた声のトーンを抑えつつ、ルキアは訝しげに男を睨み質問を投げかけた。

「・・・・・・お、お前は、何者だ?」

しかしこれには男は答えず、長い指先を一本己の唇に押し当てニヤリと笑う。

「さぁて。誰、やろうねぇ?」

「・・・・・!ふざけるな!質問に答えよ!」

「そうやねー。そしたら、僕ん事は『ギン』て呼んでくれたらええよ。」

「誰が貴様の名など聞いた!私が聞いているのは、人ではない貴様の正体だっ!」

「そしたら、君は何者やの?」

いつまでもふざけたギンの態度に業を煮やし、苛ただしげにルキアが声を荒げれば、
ギンは口の端をにやりと持ち上げ、ルキアを指差し反対に質問を投げかけた。

「っ!・・・わ・・・私が、何者か・・・だと・・・・・?」

ギンからの予想外の問いかけに、ルキアが怯み声を詰まらせれば、
ギンはルキアから視線を逸らさぬまま、こちらに向ってゆっくりと近づいてくる。

「この世界で欲しいもんはなんでも手に入るような大金持ちのお嬢さんであるはずやのに、
心ん中はいっつも孤独で満たされとって、誰にも理解も必要もされとらん思い込んどる寂しい女の子なんやろうか?」

「・・・・・・・・!!」

驚きにルキアは思わず自分の胸を押さえ、もうすぐそこにいるガラス越しに不気味に笑うギンを凝視した。
誰にも明かした事のない、自分の胸に巣食った暗く深い孤独感。

どうしてだ?

なぜ、こんな奴に知られている?

動揺と混乱に頭の中を掻き混ぜられたルキアだったが、無意識のうちに口が開き、ギンに対して呼びかけていた。

「・・・・・・・お、お前は・・・・・・悪魔、なのか・・・・・・?」

「そうやね。僕は人がいうところの、悪魔いうもんかもしれんなぁ。」

「・・・!あ、悪魔がなぜ、このような日に私の所にやって来た!」

「君が、呼んだんやん。」

「私が、だと?」

「寂しいんやろ?
家族も、友人も、誰にも自分が必要とされとらん。
こーんな楽しい夜に、一人ぼっちなんやもの。
誰でもええから、側に居て欲しい。

・・・・・それが、悪魔であったとしても・・・・・・な?違うんかなぁ?」

「・・・・・・!」

気まぐれに人間界を彷徨っていたギンは、一目見てルキアに魅かれた。
ルキアは友人達と楽しげにしておりながら、その胸の中は強い孤独に満たされ、無理に周囲に合わせているようだ。
あの娘の魂は、孤独と寂しさに染まった、極上の味がするであろう。
そんな興味にギンはルキアの友人達に僅かな不幸をもたらし、早々にルキアが独りきりになるように仕向けたのだ。

自分を凝視したまま小さく息をのむルキアの様子に、ギンは満足げに笑みを浮かべ、
それからルキアに向って手を差し出し甘やかな毒を含ませた声音で囁く。

「君は、ただ、望めばええよ。
僕に側に居て欲しい。
そう思うだけで、契約は完了や。」

「・・・・・・・」


それは、まさに、悪魔の誘惑。

甘く優しいギンの言葉に、ルキアの瞳が迷ったようにうつろい始める。
孤独に満たされた者の心を奪う事程、簡単なものはない。
その隙間をほんの一時でも暖かさで埋めてやれば良いだけなのだ。
それが例え偽りであったとしても、寒さに震えた者達は後先考えずに、目の前の温もりに必死になってしがみついてくる。
そこを、喰らってしまえばいい。

この娘の心を、手に入れるのはもうすぐだ。
そんな思いにギンは尚一層柔らかく声を響かせ、ルキアに一歩近づいた。



「さぁ、僕と、一緒に行こう・・・」


悪魔に魅入られ、ルキアの瞳が夢見るように潤んでいる。
ギンの呼びかけにルキア胸を押さえていた手を離し、ギンに向ってそっと伸ばそうとした途端。
突如ルキアの瞳に強い光が産まれ、男を睨み一言簡潔に答えを出した。






「断る!!」





そして伸ばした手をカーテンに伸ばし掴み、ジャッ!と盛大な音を立て引かれ視界を遮断され、ギンは一人空中に取り残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・魔王様!魔王様!
朝からお姿を見かけないと思ったら、なぜこのような日に人間界などにいらっしゃるんですか!?」

「・・・・・あぁ・・・なんや、イヅルか・・・・・」

「なんや。じゃありませんよ!
朝から突然いなくなるだんなんて、こちらの事も考えてください!
年末に向けて仕事は溜まる一方なんですよ!早く魔界にお戻り下さい!!」

「・・・・・・なぁ、イヅル。僕の魔力、のうなってしもうたみたいや。」

どれ程時間がたったのだろう。
ルキアに拒まれるなど予想外の事態に、ギンはその場に留まったまま、ずっと茫然自失の状態だった。
娘一人魅了できないなど、自分はいつの間にか魔力を失ってしまったのかもしれない。
自分を連れ戻しに来た側近に対しギンはぼんやりと呟くが、頭に細い角を二本生やしたイヅルはあきれたように声を尖らせる。

「魔力がない?ご冗談を!
私は、貴方の強力な魔力を嗅ぎ付け、ここまで来たんですよ。
どこが無くなっているというのですか!」

「そうなん?・・・・・おかしぃなぁ。のうなってないんやろうか・・・」

イヅルに言われ、ギンは自分で確かめる為、己の魔力を僅かに解放してみる。
途端にドンッ!という音のない強い衝撃波が周囲に起こり、男を中心に赤いオーラが巨大な波紋のように空中に広がっていく。
これに驚いたイヅルは、慌ててギンをたしなめた。

「お、おやめください!
悪戯に人間界で魔力を解放すれば、魔力を感知しすぐにも天界から天使がやってきてしまいます!
無用な争いはしたくないのが貴方の方針のはずです!さぁ、早く魔力を納め下さい!!」

「ほんまにのうなっとらんなぁ・・・・・・そしたら、なんであの子には効かんかったんやろう?」

「あの子?なんの事ですか?
・・・ああっ!いえ!そんな事はどうでも良いです!
とにかく、急ぎ戻りましょう!」

イヅルに言われ大人しく力を収めたギンは、それでもなお心ここにあらずといった様子で呆然と呟きを洩らす。
明らかに普段と違うギンにイヅルは訝しげに眉をひそめるが、それでも強引にギンを魔界へと連れ帰ろうとした。
しかしギンは顔をあげ、ルキアのいる窓をじっと見つめる。

魔力が失われていないのに、なぜルキアは自分の力に魅了されなかったのか。

人間をかどわかすなど、下級悪魔でも造作のない事。
それなのに、魔界の王たる自分の力にルキアは全く屈しなかった。
この事にギンは俄然興味が湧き上がり、好奇心を抑える事が出来なくなった。
そう心が定まった途端、ギンの口の端がにいぃっと持ち上がる。

「・・・・・・・僕、帰らんよ。しばらくこっちに住むことにするわ。」

「はっ?な、何を言っているんですか?冗談にもほどが・・・・」

「僕、しばらくこっちで、あの子の側に居ることにするわ。
せやからイヅル。向こうの事は全部お前に任しとく。」

「え・・え・・・・えぇっ!?しょ、正気ですか!
あ、貴方は魔界の王なんですよ!?お願いですから考えをお改め下さい!一緒に帰りましょう!!」

制止の声を無視し、すぐにもルキアの元へ行こうとするギンの腕を必死で取り止めるイヅルを、
ギンは煩わしげに見やると、ひどく無造作に腕を振り払うと同時に、大事な事をひどく簡単に言い捨てた。



「あかんのやったら、魔王、やめたる。
それも、そっちで好きに決めてくれてかまわんよ。」


「え?・・・え?・・・・えええええええええええっ!?ま、魔王さ・・・・・」

これに動揺しうろたえるイヅルをすげなく置き去り、今度こそギンはルキアの元へと飛び去った。
部屋の中では早々に風呂も済ませ、寝る準備をしていたルキアがまた現れたギンの姿に飛び上がらんばかりに驚き叫ぶ。

「ぎゃぁっ!?き、貴様!どこから入って来た!?」

「僕と一緒に行ってくれんのやろ?そしたら、僕がここにおるから構わんよー」

「何が構わんのだ!私が構うのだっ!!」

「なんでもええよ〜僕と仲良うしてやぁ〜♪」

「だから断る!と言っているではないかっ!!」

「ままま魔王様〜!辞めるだなんて、ご冗談ですよね?早く、早く魔界へ帰りましょうよ〜」

「!ま、また変なのが増えた・・・」

嫌がるルキアに構わず、ギンはふわふわと周囲をまとわりつき、それをうっとうしげにルキアは追い払おうとした。
そこに泣き出さんばかりに表情を歪めたイヅルも現れ、ルキアはげんなりと脱力してしまいそうになる。
ギンはギンでイヅルを迷惑そうに見つめると、ひどく不服げに頬を膨らまし文句をつけた。

「なんやの〜イヅル。気ぃきかんなぁ。
僕はこの子と二人になりたいんやから、邪魔せんで早よぉ帰ってくれん?」

「そんなぁー!とてもこのまま帰れませんよー!!」

「いい加減にせよ!皆、出て行けーーーーーーーー!!!」



暗く寂しかったはずのルキアの聖なる夜は騒々しく更けていき、その時からルキアの家に魔王が居座る事になった。




気まぐれな魔王に魅入られた、憐れなルキアの波乱の運命やいかに!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※タイトルは、言わずと知れたディ○ニー映画。今回のお話は、このタイトルから妄想が広がり産まれたものです。
今年のハロウィンでルキア嬢の小悪魔姿がルキアスキーの間で随分話題になりましたが、ギンが仮装するとすれやっぱり吸血鬼だと思いませんか?
そうでなければ、飄々とした魔界の王様とか?そしてそんな魔王様が人間ルキアに恋をして・・・そんな感じの流れで妄想が爆発。
それをクリスマスに絡めてみたのがこのお話。聖なる夜に出会った魔王と少女。そんなアンバランスさを楽しんで欲しいと思って書きました。
ちなみに続きがありそうですが、この設定で続きは・・・・・ありません!
別に書きたいと思っているお話と、今回の設定に近い所があるので話を温存・・・話の引き出し少なくて、本当にすみません(土下座)
・・・それにしても、年末に溜まる魔界の仕事って一体なんなんでしょうねぇw
2009.12.24

gin top

material by Sweety

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